家族の思い出が詰まった畑を継承。東京でぶどう狩りを楽しむ。
創業400年。食物の楽しさを伝える観光農園
東京都調布市の住宅街に広がる「山内ぶどう園」は、年間を通して作物の収穫体験が楽しめる観光農園。仙川駅から徒歩圏内という立地にも関わらず約100種の野菜や果樹を栽培しており、都心から家族連れなどが訪れる。農園の創業はなんと約400年前で、現在の園主・山内美香さんで20代目になる。
「400年前のことは資料が残っていないのでわからないのですが、70年前くらいまではお米を作ったり、祖父母の代では酪農をしたりという時期もあったようです。ぶどう栽培は40年前に祖父母が始めました。うちで一番古い木もそれくらいの樹齢になります」。
一年中収穫体験ができるようにと、美香さんの代から野菜の栽培を増やした。畑を見渡すと、トマトやナス、イチジクなどが実っているのが見える。また農作物の収穫体験以外にも、流しそうめんやピザを焼くイベントなども開催。リピーターも多く、季節ごとに様々な作物の収穫を楽しんでいるそうだ
スーパーには並ばない、珍しい品種のぶどうを味わう
数ある作物の中で最も人気なのがぶどう。都内でぶどう狩りができる農園は珍しく、毎年8月の中旬〜下旬の期間しか収穫できないため、予約はすぐに埋まってしまうそう。品種は全部で7種あり、時期によって一度に3、4種を収穫することができる
「ぶどうにはたくさんおいしい品種があるのですが、スーパーに並ぶのはごく一部だけ。収穫体験ができるだけでなく、みなさんがまだ知らないぶどうを食べられるのも、観光農園の楽しいところだと思います」と、美香さん。
できるだけ珍しい品種を食べてほしいと、地域周辺で開発された品種も積極的に栽培。多摩市で開発された「多摩ゆたか」や、神奈川県藤沢市で生まれた「藤稔(ふじみのり)」など、それぞれ色はもちろん食感や味わいが違うので、食べ比べができるのも楽しい。
美香さんに、この日農園で収穫できる品種を紹介していただいた。
藤稔
藤沢生まれの黒ぶどう。粒が大きくボリュームがあり、果汁が多くさっぱりとした味わい。人気急上昇中の品種。
紅伊豆
古くから栽培される品種ながら、皮がとても柔らかいためなかなか流通されない希少品種。糖度が高く、果汁が多いので非常にジューシー
ブラックビート
ピオーネと藤稔をかけ合わせて熊本で誕生した品種。黒に近い深い紫色の皮は薄く、甘味と酸味のバランスが絶妙。
多摩ゆたか
ぶどうの品種開発に長年取り組んできた故 芦川孝三郎氏が、地元のために開発した調布市生まれの品種。しっかりとした食感で、マスカットのようにさっぱりとした味わい。
もちろんそのまま食べても美味しいが、美香さんのおすすめは実をそのまま冷凍してシャーベット風にする食べ方。糖度が高いため完全には凍らず、もちっとした食感がやみつきになるのだそうだ。
デザイナーから園主へ。家族の思い出が詰まった農園を未来へ繋げる
美香さんが農園を継いだのは約10年前のこと。美術大学を卒業し、企業のデザイナーとして働いていた美香さんにとって、農業はまったく未知の世界。それでも400年続いてきた農園を守りたい一心で大胆な転身を決意した。
「就職して3年半くらいで父が急逝しました。祖父母もまだ畑をやっていましたが、当時もう80歳を超えていたので“私がやろう!”と家に戻りました。小さい頃からの思い出がたくさんあるこの場所を失うのがさみしいという気持ちが強かったです」。
西立川にある東京都農林総合研究センターで2年ほど農業について学び、農園に戻ってからは畑仕事と集客に奔走。現在は子育てしながら畑を整え、イベントの企画、SNSでの広報などすべてを担当。大変なことも多いが、観光農園という自分の“場”を持つことにやりがいを感じると、美香さんは生き生きとした表情で話す。
「デザイナーと農業はまったく別のものですが、私の中ではそんなにかけ離れているとは思っていなくて。お客様が満足できるプログラムを模索したり、写真を撮影したりSNSで発信することはデザインとすごく繋がりますし、イベントの企画など好きなことをできている感覚です。なにより目の前でお客さんのリアクションが見えるので、日々やりがいを感じています」。
パワフルな美香さんが次にやりたいことは、大人のための食育プログラム。収穫体験をやっていて思うのが、親世代も意外と野菜や果樹がどう育つのか知らないということ。また、自身も農業をやっていくなかで気付いた食物の面白さがあるので、それを伝えたいと話す。
「大人だけだとより深い話もできるし、イメージがくつがえされる体験ができると思います。畑で勉強をしたあとは、庭の石窯でピザを焼いてワインを飲むようなイベントができたらいいなと思っています」。
観光農園に特化するという形で、畑を通して消費者と直接向き合う美香さん。家族から引き継いだ農園は、これからもたくさんの人々に食や農の尊さを伝えていくだろう。