都心から45km、恵み多き川島町の農産品
川越藩への献上米をブランディング
川島町で稲作が盛んにおこなわれるようになったのは、地形が深く関係している。北は市野川、東は荒川、南は入間川、西は都幾川・越辺川と、四方を河川に囲まれた川島町は豊かな土壌が育ち、標高差の少ない平坦な土地は稲作に最適だった。この地域の稲作は広く知れ渡ることとなり、江戸時代には川越藩へもお米が献上されていたという。当時は献上米を貯蔵する蔵があちこち建っていたそうだ。
1992年、貯蔵蔵にちなんで地元農協は「川越藩のお蔵米」を商標登録。2011年に「川越藩のお蔵米推進協議会」が発足されてからは、情報発信、ブランディングにも積極的だ。
「川越藩のお蔵米」として、取り扱われるのは「コシヒカリ」と「彩のきずな」の二品種。お蔵米を栽培できるのは、協議会に所属する約100戸の会員農家のみ。徹底された減農薬・有機肥料の特別栽培が、お蔵米がブランド米たる所以だ。しかし、農薬を控えるということは病害虫の猛威に晒されるということでもある。リスクと向き合いながら、農家はお蔵米収穫に向けて日夜汗を流しているのだ。
「川島町は昼と夜でしっかり寒暖差があるから、お米にデンプンが蓄えられます。米づくりに欠かせない水は、かつては井戸や川から引いていました。近年はかんがい排水事業が進み、水源が各田んぼに充分に行き渡るようになってから生育環境が安定していったんです」。
「彩のきずな」の田んぼを前に、川越藩のお蔵米推進協議会 会長の内野郁夫さんはそう話してくれた。「彩のきずな」は、埼玉県で開発された品種だ。暑さに耐性のある「彩のきずな」は、埼玉の記録的な猛暑もなんのその。気温30℃越えが毎日続く夏場でも品質低下のリスクが少ない。
「収穫は8月に始まり、9月でピークを迎えます。『彩のきずな』は『コシヒカリ』よりも実の粒が大きくて、収量も多い。ねばり成分が多いため、炊飯すると甘くもっちりとした味わいになります」。
昨年は、約8000袋のお蔵米が市場に流通したそうだ。地元スーパーや直売所に並ぶとすぐに売り切れてしまうほどの人気だという。
県内第一の生産量を誇る「いちじく」
川島町でいちじくが本格的に栽培されるようになったのは、2006年ごろ。約300キロの試験出荷を皮切りに、生産者が徐々に増えていき2014年には約53トンを出荷。埼玉県内第一位の生産量・出荷量を達成した。
「いちじくは傷みやすいので、販路のほとんどが県内です。完熟した理想の状態で食べられるのは地元民の特権でしょうね」。
木村悟さんが摘果作業の手をとめて説明してくれた。定年退職をきっかけに、いちじく農家に転身した木村さん。現在は26戸のいちじく農家を束ねる川島町いちじく生産組合の組合長だ。
組合のいちじくの多くは、「一文字仕立て」で栽培されている。2本の枝を地面に対して平行に伸ばしていくこの仕立て方は、風通しがよく日当たりも充分。組合は有機肥料での栽培を推奨しており、出荷の際は農薬量、サイズ、色、糖度など厳しい基準を設け品質を管理している。
「実の全体が赤く色濃くなって、皮に張りが出てきたら食べごろのサイン。組合でつくっているいちじくは、糖度13度以上なので甘みも強い。ぜひ一度、新鮮な状態で食べてもらいたいですね」。
川島町のいちじくは8月中旬から11月中旬にかけて出荷される。今年から実験的に始めた冷凍いちじくも、ジャムなどの加工用として好評だ。「年間を通じて安定供給できれば。あとは、後継者も育てていかないとね。組合ではいちじく生産者も募集しているので、興味があれば町役場まで連絡して欲しい」と、木村さんは町のいちじく生産の発展へ期待を寄せている。
食べごたえと甘さを両立させた「大粒ブルーベリー」
TOA農園の「大粒ブルーベリー」は、その名にたがわぬビッグサイズ。ブルーベリーは一般的に15mm大で中粒とされている。にもかかわらず、「大粒ブルーベリー」は18mm以上の粒もめずらしくない。
「大粒ブルーベリー」は品種と栽培方法がマッチして初めて実現するという。TOA農園は300種類を越える品種のなかから、ユーリカ・チャンドラー・タイタンなどの大粒の品種を厳選。木材チップなどを配合した土で畝をつくり、土壌の排水性・保水性を絶妙な加減で保っている。
「苗木屋に通いつめて品種を選定していきました。ブルーベリーは一度植えると10年、20年は収穫できます。その分、簡単にやり直しできないので、品種選びは慎重になりますね」。
農園の代表、間仲浩樹さんは開業4年目の新規就農者。苗木180本から始めたブルーベリー畑は、現在35品種1000本以上が植えられている。
粒が最も大きいのが、収穫期間直後の6月ごろ。「大粒ブルーベリー」は果汁が多く、甘み・酸味も申し分ない。摘み取り体験をきっかけに、リピーターになる人も多いという。
TOA農園はブルーベリー畑のすぐ近くに「パン工房TOA」を運営している。お昼どきともなると、店頭にはおよそ40種類ものパンが並ぶ。惣菜パン、菓子パン、ハードパンなどを多彩に取り揃え、客層を選ばない。
なかでも一番人気は、農園のブルーベリージャムを生地に練りこんだ「ブルーベリーブレット」。
「ジャムに使うブルーベリーはとくに酸味の強い品種の実を選んでいるんです」と、間仲さん。米粉配合の生地はもっちりとやわらかく、ブルーベリーもしっかり風味を主張してくれる。
慣行栽培を覆す「天空トマト」の可能性
「障がいのある人たちの雇用先になればいいな、と思って」と、芹沢健さんは就農の経緯を振り返る。
芹沢さんは、就農2年目のトマト農家。前職は埼玉県内の特別支援学校教諭。障がいのある生徒を受け持っていくなかで、障がい者雇用の意識が芽生え、自身がその就労先になろうと就農を決意。
TOA農園の間仲さんの口利きで、芹沢さんはいちご栽培に使われていたハウスを借りることに。トマトは土で栽培するのが一般的だが、芹沢さんは無農薬で育てられる水耕栽培に力を注いでいる。
トマトを土で育てる場合、アーチ状や格子状に組んだ支柱を用いるのがポピュラーだ。しかし、芹沢さんは支柱をやぐらのように組み、果実が頭上から垂れ下がるように仕立てている。これぞ、芹沢さん命名の「天空トマト」。
「慣行栽培だと目線の高さから足下くらいまでトマトがなります。世話するときも収穫のときも、上下運動を繰り返すので腰やひざへの負担も大きい。『天空トマト』なら、身体が満足に動かせない人でも作業しやすいんです」。
芹沢さんにうながされるまま、天空仕立てのミニトマトをひとつ口にふくんで噛みしめると皮はプツリとはじけ、濃厚な甘みとともにさわやかな酸味が鼻をぬけていく。トマト特有の青臭さも感じられない。越冬した2、3月だとさらに旨みが凝縮されるというから驚きだ。
「トマトの水耕栽培はまだまだ前例が少ない。苗一本で栽培するのか、密植がいいのか、品種はどうするか。様々な環境で試してみて、方向性を定めているところです。いずれはドライトマトなどの加工品もつくってみたい」と、話す芹沢さん。障がい者雇用という壮大なテーマに向けて、次の一手を構想中だ。
地産品の魅力がつまった「スマイルスティック」
川島町の地産品を使って商品化しているのが「Smile Cafe 1/2」だ。社会福祉法人ウイングが運営するこのカフェは、障がいのある人たちの就労支援の場としても機能している。屋号の「1/2」には「笑顔をハンブンコする」という思いがこめられている。
「Smile Cafe 1/2」がこの商品を開発したのは、町内の六次産業化事業がきっかけだった。その経緯をカフェの代表、山岸信人さんに伺った。
「新商品をつくりたいと自治体から声がかかったんです。使う材料は、川島町で生産されるいちじく、いちご、お米。うちは米粉のドーナツを作っていた実績もあったので、挑戦することにしました」。
試作を重ねること半年。満を持して開発されたのが米粉の焼きドーナツ「スマイルスティック」だった。当初はリング状を考えていたが「店に隣接する公園(平成の森公園)を巡りながら食べたい」という要望もあり、スティックタイプを採用した。
フレーバーは「いちじく」と「いちご」を用意。「こしひかり」の米粉と小麦をブレンドした生地はしっとりと仕上がり、ブランデーに漬けこまれたドライいちじく、ドライいちごが大人の味を演出する。日持ちしないため、店頭販売のみだが、評判は上々だそうだ。
スマイルスティックを契機に、山岸さんは“農産地“としての川島町を強く意識するようになったという。いちじく、いちごに続くスマイルスティック第二弾のアイデアも尽きない。
「川島町で生産されている『天空トマト』や『大粒ブルーベリー』も加工に向いていると思います。これだけ地産品に恵まれているのに、生産者と製造者が個々で活動しているのはもったいない。このごろは町の生産者同士につながりができてきたし、気運は高まっていますよ。個人的には、いちじくカレーをつくってみたくて、妄想をふくらませています」。
2018年、川島町では、川越藩のお蔵米、いちじく、大粒ブルーベリー、天空トマト、スマイルスティックなど、川島町の魅力を発信する優れた商品を選抜し、計21商品を「KJ(かわじま)ブランド」として認定した。ブランドが確立したことで、生産者と製造者のつながりも期待できる。多くの可能性を秘めた川島町のKJブランド認証品はどのように進化していくのか――。今後の展開から目が離せない。
東京都文京区にある「小石川テラス」では、昨年に引き続き2019年も埼玉県川島町の特産品を使ったフェアを開催する。昨年、大好評だった「川島いちじく御前」をはじめ、郷土料理の「すたって」や新しいメニューも提供予定だ。ぜひ、“旬”の川島町の幸を味わってみてはいかがだろうか。
小石川テラス
東京都文京区にある「小石川テラス」は、全国の伝統野菜を扱って来たノウハウを活かし、素材だけではなく調理法にまでこだわった料理メニューを提供しているレストラン。
【開催期間】
2019年9月24日(火)~10月18日(金)
住所 | 東京都文京区 水道1丁目3-3 *東京メトロ有楽町線江戸川橋駅から徒歩約8分 |
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TEL | 03-5840-2846 |
営業時間 | ランチ11:30-14:00 カフェ14:30-17:30 ディナー18:00-22:00 |
定休日 | 土日・祝日 |
URL | http://koishikawa-terrace.jp/ |