離島の恵みと歴史がつまった、島のごちそうたち
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豊かな自然を活かした、伊豆諸島の島料理
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まずは伊豆諸島の郷土料理から。
取材に協力いただいたのは、八丈島で郷土料理や島の焼酎などを提供する居酒屋「大吉丸」。八丈島出身の店主、立石恵美さんに代表的な島料理をつくっていただいた。
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「島寿司」
伊豆諸島の定番の郷土料理が「島寿司」。季節に応じて、メダイやメカジキなど、近海で獲れる“旬”の魚を、醤油とみりんを使ったタレに漬けてヅケにし、甘い酢飯で握ったもの。島ではわさびが手に入りにくいため、からしを付けて食べるのが特長。温暖な気候のため、魚の日持ちをよくするための工夫としてヅケにする習慣が根付いたという。
「小さい頃から家でも食べていたし、法事や島の催しがあるときも皆で必ず島寿司を持ち寄るのですよ。家庭やお店によってタレの味付けやつくり方が微妙に違ったりもして、島寿司はまさに島のソウルフードですね」と、立石さん。
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「明日葉」
「明日葉」は、八丈島など伊豆諸島各島に自生している独特の苦みを持つセリ科の多年草。生命力の強い植物で、今日、葉を摘んだとしても明日にはすでに新しい葉が出ているという特長から、明日葉と名付けられた。
「家の庭先にも生えているぐらい身近な食材で、島ではホウレン草の代わりのように使われますね。天ぷらにすると苦みも和らいで食感も楽しめるのでおすすめ。うちの店ではおひたしにしたり、玉子焼きにも使っています」。
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「島海苔」
厳しい自然環境だからこそ味わえる、島ならではの食材の一つが「島海苔」。冬になると島には西風が強く吹きつけ、海が荒れることも多く、海岸にひしめく大きな溶岩にのりが大量に付着する。それを島の人たちが専用の道具を使いながら手作業で摘み取り、洗って、天日干しにした岩海苔が島のりと呼ばれている。
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そのまま食べたり、汁物に入れたりと味わい方はさまざま。島海苔を佃煮にしたものを握った寿司は、島寿司と一緒に提供される。
「パリパリになるまで焼くと、より磯の香りや旨みが一層出てくる。おつまみにして食べてもいいし、ご飯の上にのせても美味しいですよ」。
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「くさや」
伊豆諸島ならではの発酵食品「くさや」。江戸時代から300年以上の伝統を受け継ぐ郷土料理で、ムロアジなど近海で獲れた魚を「くさや液」に漬け込み、乾燥させた干物。
その昔、島では塩が貴重であったため、魚を保存食として加工する際に、塩水を使い回す習慣があった。何度も魚を漬け込むうちに、魚に付着している微生物や旨味成分が溶け込み、独特の風味を持つ発酵液「くさや液」が出来たそうだ。独特の強い香りは焼酎にぴったりで、地元では島の焼酎のアテに食べることが多い。
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「ネリ」
温暖な気候を活かして、八丈島で栽培が盛んな野菜が「ネリ」。別名で島オクラとも呼ばれ、収穫を迎える夏によく食べられる。通常のオクラよりも長細く、粘り気と甘みが強いのが特長。天ぷらやお浸しにして食べるのが一般的。
「“旬”の時期は、サッと軽く湯通しして、半生ぐらいで食べるのが一番美味しいですよ」。
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立石さんは八丈島で生まれ育ったのちに、東京本土で就職。22年間本土で生活した後に、八丈島に戻り、家業であったいまの店を継いだ。現在では娘の琴乃さんも一緒に店に立ち切り盛りしている。
かつて島で暮らしている時には気が付かなかった島の食文化の豊かさに、島に戻ってきて気が付いたという。
「本土で暮らしてみて、いかに島の食生活が贅沢であったかを思い知りましたね。魚は新鮮なものが当たり前だし、野菜も四季折々で食材が豊富、味付けも独特ですしね。思いのほか豊かな食文化だったのだなと。ぜひ、島に来る際には、島料理を食べていってほしいです」。
もう一軒、八丈島の樫立地区で郷土料理を提供する「いそざきえん」でも、島ならではの郷土料理を提供していただいた。
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「麦雑炊」
離島では米が貴重な食材であったため、昔から麦を食す習慣があった。島でよく食べられる雑炊は味噌ベースの麦雑炊で、細かく刻んだ里芋や明日葉などを加えてつくられる。かつては流人食ともいわれたというが、栄養価も高く今でもよく食べられている。家庭によって、貝や海苔を入れたりとバリエーションはさまざまだ。
他にもいそざきえんでは、かつて、島で流人の刑期が終わり、赦免(しゃめん)されるときに振舞われたご馳走をイメージした料理なども提供しているなど、現在でも郷土料理を通じて、島の紡いできた歴史を感じることができる。
小笠原諸島のごちそうは、ウミガメ料理
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続いて取り上げるのは、小笠原諸島の郷土料理。
協力いただいたのは、東京都新宿区信濃町で小笠原料理を中心に提供している居酒屋「じんとくや」。小笠原諸島の母島出身である店主の佐々木幸治さんに、お店の看板料理でもある小笠原諸島ならではの料理を紹介していただいた。
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「亀料理」
何といっても小笠原諸島の郷土料理の代表は、亀料理。母島出身で親が漁師である佐々木さんの店には、冬になると新鮮なウミガメが送られてくるそうだ。
最もポピュラーな食べ方が「亀刺」。1頭から数キロしかとれない胸肉を、しょうがとにんにくでいただく。思いのほか癖が少なく、馬肉やマグロにも近い旨みと食べ応えが特長。
家庭料理として親しまれている亀料理が「亀煮」。内蔵や脂身、手などをごった煮にする料理で、父島と母島で味付けが異なり、父島はあっさりとした塩炊き、母島は醤油ベースの甘煮で食べるのが伝統的だという。
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「ウミガメは小笠原のシンボルのような存在です。毎年1月1日が海開きの日になっていますが、その日はお祝いで島の人みなで集まって亀煮を食べるんですよね。小笠原の暮らしや文化と深く関わりのある食べ物だと思います」。
絶滅危惧種に指定されているアオウミガメだが、島の伝統と食文化を守るため、小笠原諸島では年間135頭までの捕獲が許可されている。漁師が捕獲した雌のアオウミガメが受精卵を持っていた場合は、島の海洋センターで人工ふ化させ育てるなど、捕獲だけでなく保全に向けた取り組みが行われているそうだ。
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「島寿司」
伊豆諸島で定番の島寿司は、小笠原諸島でも日常的に食される郷土料理。伊豆諸島ではメダイやメカジキがネタとして使われることが多いが、小笠原ではサワラが主に使われる。酢飯をちょっと甘めに味付けし、わさびが手に入らなかったため、伊豆諸島と同じくからしを入れるのが特長だ。
「地元ではみな、島寿司を多めにつくります。大皿に盛りつけるのが小笠原流です。その日食べ切れない分は冷蔵して次の日に食べるのですが、時間が経つと味が馴染んで、より美味しくなるんですよね。だから夜ご飯も、翌日の朝ご飯も島寿司ってことがよくあります」と、佐々木さんが教えてくれた。
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「アカバ」
小笠原諸島の近海で穫れ、地元の人にもよく食されるアカハタ、それを地元の人は「アカバ」と呼んでいる。
アカバは出汁がよく出る魚なので、野菜などと煮込んで味噌汁にして食べるのが島では一般的。「アカバ汁」として日常的に食べられる郷土料理だ。
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また、1尾を丸々と唐揚げにしたアカバのから揚げも定番。揚げることで、皮まで美味しく食べることができてオススメだそう。
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「島レモン」
小笠原を代表する果物が「島レモン」。八丈島から伝わったとされるそのレモンは、一般的に目にするものよりひと回り大きく、甘みも強く、果汁がたくさん出るのが特長。果皮が緑のうちに出荷し、その青い香りを楽しむのも小笠原のレモンならでは。
地元の人は、サラダや揚げ物によく使うほか、通称「水レモン」といって、焼酎を水で割り、そこに島レモンを加えてよく飲んでいるそうだ。
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東京島しょ地域には、ここで取り上げたもの以外にも、それぞれの島で古くから伝わる郷土料理がまだまだ存在する。
外から入ってくる食材が少なかった分、自然の恵みを最大限に活かし、美味しくいただこうとする知恵と工夫が働き、他にはない島ならではの食文化が育まれてきた。
ぜひいつか実際に島々を訪れ、未知なる食文化に触れてみたい。