郷土の味を現代に伝える 川島町のすったてと呉汁
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四つの川に囲まれた埼玉県比企郡川島町(ひきぐんかわじままち)では、夏に「すったて」、冬に「呉汁(ごじる)」が郷土の味として親しまれてきた。2つの郷土料理の起源には、川島町の稲作文化が強く影響しているという。
稲作農家から始まった栄養食「すったて」
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川島町は地形の特性上、昔から川の氾濫に悩まされてきた。しかし、川の氾濫は水害だけでなく、農業に適した肥沃な土壌も与えてくれた。やがて、川島町では稲作が始まり、江戸時代には川越藩にお米を献上するまでに米づくりが発展。現在でも、町内で車を走らせればいたるところに、水をたたえた田んぼを見ることができる。
夏の間、川島町の農家の間で親しまれていたのが「すったて」だ。すったてとは、胡麻と味噌、そして地元の夏野菜をすりあわせて、冷水と合わせたものをつけ汁に、うどんをつけて食べる料理だ。名前の由来は、荒川沿いのエリアで「すりたて」を訛って「すったて」と呼んでいたことからついたという。
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川島町ですったてが根付いたのには理由がある。古くから川島町では金胡麻の栽培が営まれており、米・味噌はどこの家庭でも作られていた。農業が盛んで、夏は大葉、きゅうり、みょうがなどの入手もたやすい。ごはんではなく、うどんを合わせるのは、稲を収穫してから次の作付けまでのつなぎとして、小麦を栽培する農家も多かったためだ。
いまほど機械化の進んでいない時代、炎天下の農作業は重労働。暑さで食欲が落ちていても、冷たいつけ汁とうどんならのど越しよくスルリといける。しかも、味噌や胡麻には良質な植物性たんぱく質やビタミン、ミネラルなどの栄養素が含まれているから、農家にとってこの上ない栄養食だった。
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すったてには各家庭に独自のレシピが存在する、というのもおもしろい。たとえば、具材に梅酢やツナ缶を加えたり、つけ汁に砂糖を入れるなど、思い思いの味が楽しまれていた。しかし、すったては家庭料理として食べられるだけで、町外に広がることはなかったようだ。
そんな川島町の郷土料理すったてが脚光を浴びたのは、2008年に開催されたグルメコンテスト「第4回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦」だった。川島町のご当地グルメとして、すったてが出品されることになったのだ。その時に川島町商工会からレシピ開発の要請を受けたのが、町内でうどん・そば屋「泉の里」を営む安達光二さんだ。
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「私は埼玉県草加市出身なので、当初すったては未知の食べものでした。川島町では少なくとも4、50年前から食べられていたようですが、家庭料理のため、歴史を調べようにも資料はほとんどありません。知り合いの農家さんに食べさせてもらったのですが、これがどうにも味気なくて……。具材と冷水だけのつけ汁で出品するのは厳しいと思いました」。
そこで安達さんは、試行錯誤の末に、冷水ではなく出汁を使った新たなすったてを開発。
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安達さんの貢献もあり、初参加した第4回コンテンストでは、川島のすったては第三位に選ばれ、約9万人の来場者が訪れた第6回コンテストでは、ついに優勝の栄誉に輝いた。
現在すったては、川島町内で「泉の里」を含めた13店舗の加盟店で取り扱われている。どんなすったてを提供するのかは、料理人のアイデア次第。店ごとに様々だ。「泉の里」のすったては、金胡麻、味噌、きゅうり、たまねぎを使った王道のつけ汁。こしのある手打ちうどんは、濃厚なつけ汁がよく絡み、一噛みごとに胡麻と出汁の風味が口のなかいっぱいに広がる。お客さんにすり鉢で具材をすってもらうのも、この店のポイントだ。
身体の芯からあたたまる、冬の味覚「かわじま呉汁」
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夏の郷土料理すったてと並んで、冬の郷土料理として親しまれているのが「呉汁」だ。呉汁の決め手になるのが、たっぷり入った大豆。畔(あぜ)で栽培された大豆は秋頃に収穫され、呉汁の具材に使われる。大豆は通称「たのくろ豆」と呼ばれ、肉や魚があまり手に入らなかった時代、農家の冬の貴重なたんぱく源だった。
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「呉汁はすりつぶした大豆が入った味噌汁のような感じ。こちらも郷土料理ではありますが、作るのに手間がかかるため、昔に比べて、家庭では食べなくなってきました」。
そこで商工会は呉汁をまちの郷土料理として伝承していくため「かわじま呉汁」としてブランディング。以下のルールを設けて、町内の加盟店で提供を始めた。
①全店が国産の生の大豆を使用する。(水煮や遺伝子組み換え大豆は一切使用しない)
②全店で、農村の保存食「いもがら」を使用する。
③全店が土鍋か鉄鍋で提供する。
④全店が必ず野菜を10種類以上使用する。
⑤全店に独自の特徴があり、全て違う味を提供する。
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泉の里の呉汁は具材に、大根、にんじん、長ねぎ、春菊、ゴボウ、鶏肉などを使用。鍋で熱々に煮こまれた具材は、一口食べるだけで身体を芯から温めてくれる。
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「シャキシャキした食感のいもがらが、かわじま呉汁の特長。呉汁は家庭の食卓に上がることも少ないので、地元のお客さまからも好評です。メディアでも度々取りあげられるようになりました。町内外の人にすったて、呉汁を楽しんでもらえる良い機会になったと思っています」と、安達さんは語る。
いまなお進化を続ける、すったてと呉汁
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加盟店では、5月から9月まで(店舗によっては4月から10月まで)すったて、11月から翌年3月までかわじま呉汁を提供している。店舗ごとに様々なレシピのすったて・呉汁が提供されている。
町内にある和食レストラン「そうま川島本店」も加盟店のひとつ。そうまの自慢はなんといっても新鮮な魚介。店主自ら静岡県の沼津魚市場に魚介を買い付けにいくほどのこだわりようだ。そうまでは店の個性が光るすったてとかわじま呉汁を提供している。漁師が船上で食べる漁師めしにヒントを得た「すったて漁師めし」。うどんを楽しんだあとのすったてのつけ汁に、新鮮な魚介とご飯を入れて漁師めしにして食べる。
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豚角煮が入った呉汁は、コラーゲンが豊富。そのほか、豆乳仕立ての「美肌呉汁」などの女性客を意識した料理も用意する。町内の小学校で、児童を対象にした呉汁づくりの食育ワークショップを開催するなど、食文化の継承にも積極的だ。
すったてとかわじま呉汁は、農家の知恵と川島町の滋味が凝縮された郷土料理。作り手の独創性がいかんなく発揮される2つの郷土の味は、これからもより深く地元に根付いていくだろう。