枕崎の情熱と伝統が魅せる出汁文化の誇り
まるで宝石のような「枕崎鰹節」
日本食の繊細な味わいを表現するために欠かせない出汁。その出汁の素材となる一つが「鰹節」だ。鰹節の歴史は古く、日本最古の書物とされる「古事記」にも“堅魚(かたうお)”として登場する。枕崎の鰹節は宝永4年に鰹節の製法が伝わってから今まで、工程のほとんどを人の手で作るという姿勢を貫いてきた。創業以来「枕崎鰹節」にこだわる鰹節専門店・林久右衛門商店(以後、久右衛門)の林剛一郎社長はこう語る。
「南国薩摩の太陽と潮風がいい枯節(枯節とは、カビ付けと天日干しを繰り返すことで熟成させた鰹節のこと)を育てます。なかでも夏場の強い日差しを浴びたものは、色が濃く見た目も良く、味も一番美味しい。春に近海で釣った鰹を加工し、夏の間に天日干しをして、秋に完成する本枯節が最上級品だといわれています。数多く製造されている、荒節にしても、職人が手塩にかけて仕上げることが品質の高さに繋がっているんです」
その職人たちの仕事を見せてもらうために、久右衛門の鰹節が生みだされる工場を訪れてみた。
最初に訪ねた工場の一番の特徴は“薩摩切”という独特の鰹の切り方。刃が下向きに反った専用の身卸し包丁で生の鰹を一本ずつさばくことで、機械では作り出せない美しい鰹節ができあがる。この作業は高い技術が必要となり、現在“薩摩切”が出来る職人は枕崎に数人しか残っていないという。我々は、その職人の一人であり、50年以上も鰹節を作り続ける職人・立石節男さんに会うことができた。
鰹の頭を落として内蔵を取り、木の葉形に身を切り出す。1本10kg近くはある大きな鰹を立石さんは素早くさばいていく。皮と皮の間に絶妙の感覚で包丁を滑らせていく技術は、骨にも皮にも一切無駄な身が残らない。刃を入れる度に奏でる「ザクッザクッ」というリズムが、小気味よく工場に響きわたる。
切った身は形を整えながら専用の籠に並べ、約90℃の湯の中で1?2時間ほどじっくりと煮る。煮上がったら骨を取り除き、焙乾という燻しの工程へ。鹿児島県の山々から切り出した桜や樫などの堅木を燃やし、急造庫と呼ばれる大きな部屋の中で2?3週間かけて燻すのだが、均一に水分を飛ばすために、鰹の位置を入れ替えたり、夜間も火を絶やしたりしてはならず、目を離すことができない。焙乾を終えたものは荒節と呼ばれる鰹節になる、また、荒節にカビを発生させ、天日干しで乾燥・熟成させたものが枯節となる。一つの本枯節が出来上がるまで、カビ付けと天日干しを繰り返し、実に半年もの時間を費やすという。こうして長い時を経て仕上がった本枯鰹節は非常に硬くなり、削ると、まるで宝石のような透明感のある美しい赤色が顔を出す。
土地に根付く鰹節作り
我々が取材を進めていると、鰹の水揚げがあったという知らせがはいり、急いで漁港に向かった。漁港に近づくにつれて「ゴーン、ゴーン」という、驚くような轟音が聞こえてくる。この音の正体は漁船から冷凍された大量の鰹が放たれる時に鳴る音だった。我々が驚いた鰹の水揚げがあるたびに町に響き渡るこの音は、地元の人にとっては日常的なものだという。
枕崎漁港には年間約5万トンもの鰹の水揚げがあり、そのなかから、鰹節に適した質の鰹を目利きが厳選する。次に訪れた久右衛門の鰹節を作る畑野水産の畑野涼太氏は、鰹の見た目から鰹節に向いているかどうかを、ほぼ判断できるという。
「僕みたいに痩せている鰹のほうがいい鰹節になります(笑)。脂が豊富な鰹は刺し身にするには最高ですが、燻すと苦味が出てしまい酸化もしやすくなってしまうんです。僕らは毎日鰹を触っているので、見た目だけでほとんどの魚質を判断できますよ」
そして、枕崎の熟練した職人は鰹を一切無駄にしていないと久右衛門の林社長はいう。
「鰹節作りの際に出た内蔵、煮汁は専門業者によって加工され珍味として販売されたり、ほかの食品に加工します。骨はDHAを抽出して健康食品に、魚粉は魚のエサなどとして海の肥やしになります。また、鰹節を燻す時に出る灰も、山や田畑の肥料として利用され、焙乾に使う薪木を育てる土壌作りに役立てられる。この先もずっと鰹節を作り続けていくために、枕崎にはこうした循環型のスタイルができているんです」
ただ鰹節を作るだけでなく、未来の鰹節作りのために環境や風土に感謝して守ること。長い年月の中で枕崎という土地と鰹節が築き上げてきた深い絆を感じた。
「枕崎鰹節」の食の都フランスへの挑戦
今、「枕崎鰹節」を世界へ発信していくために、美食の国フランスはブルターニュ地方にある港町・コンカルノーに鰹節工場を設立するという壮大な計画が進行中だ。フランスにはたくさんの日本食レストランがあるものの、まだまだ出汁の概念は薄く、鰹節という食材も浸透していない。「枕崎鰹節」を通して出汁文化を伝え、本物の日本食の味を世界の方たちに知ってもらいたい。「和食」がユネスコの世界無形文化遺産に登録され、世界が「和食」に注目している今、鰹節の存在を広めるには絶好の機会ともいえるだろう。
「鰹節を世界に広める取り組みは、枕崎の鰹節作りに関連する方々も、自分たちが長年やってきたことを、世界で認められるようにと、誇りを持って励んでいます。いつかフランスの一般家庭でも、鰹節で出汁を取るような習慣が根付いてくれれば本望ですね。まずは一歩一歩着実に鰹節の魅力を伝えていきたいと思っています」そう微笑みながら、清々しい表情で「枕崎鰹節」の未来を語る林社長。大きな目標を背負って、大海へ飛び出す和食の原点を、日本最南端の枕崎の地では感じることができた。