大きな梨に詰まった、地域の想い
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日本各地で栽培されている品種ではあるが、地域を挙げて新高梨を栽培しているのが高知県高知市の針木地区。10月〜11月にかけて収穫の最盛期を迎えた針木地区を訪れた。
暖かい風と涼しい風が交互に吹く梨の里
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高知県高知市の針木地区。太平洋を望む土佐湾の一番奥に位置するこのエリアは、全国で最も早く、1930年より新高梨の栽培が開始された場所だ。黄色いのぼり旗を掲げた梨の直売所があちらこちらに点在。現在は針木組合で32の生産者が新高梨を栽培している。
針木地区で新高梨栽培が盛んになった理由は、その恵まれた自然環境にある。土質の良さに加えて、昼間に太平洋から吹く暖かい風と夜に地区の西部を流れる一級河川の仁淀川からそそがれる涼しい風が適度な寒暖の差を生み出し、それが新高梨の糖度上昇を助けてくれるのだそう。
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梨農家の一人である甲藤学(かっとうまなぶ)さんの果樹園を訪ねると、新高梨の収穫の真っ只中であった。
甲藤さんは30アールの敷地に60本の梨の樹を植え、毎年約9000個の新高梨を育てている。熱に弱い性質である新高梨を直射日光から守るため二重に掛けられた袋を一つひとつ手作業で取り外し、果実の感触を確かめながら、丁寧にもぎとっていく。
「美味しい新高梨を育てるのは難しいんです。特に最近は温暖化もあって気温があがる一方でしょ。熱があたりすぎてもダメだし、涼しすぎてもダメ。繊細な果物だから、頃合いを見極めるのが大変なんです」。
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梅雨前の時期からは毎晩15分間の散水をおこなう。とはいえ水分量が増えすぎてしまうと果実が腐ってしまうため、雨が降った場合などはその具合を微調整する。
収穫した新高梨は、重量と糖度を1つずつ計り、贈答などの販売用と加工用に選別していく。大きいものだと1.3kgを超えるそうだが、800g前後で糖度が12度〜14度のものが最も美味しいと甲藤さんは教えてくれた。
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新高梨を一切れいただくと、手にもった時の大きさが通常の梨のそれとは別次元。口を最大限に開けてようやく食べられる。シャリシャリとした梨特有の軽妙な食感がありながらも、濃厚な甘さと強い香りが少し遅れて広がっていく。これ以上ない食べ応えだ。
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「やっぱり梨は、ちまちま食べても美味しくない(笑)。とれたての新高梨は思いっきりかじりつくのが一番美味しい食べ方だよ」。
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甲藤さんの果樹園では、販売用の新高梨は、市場を介することなく常連さんからの直接オーダーで全て売り切れてしまうそうだ。
胸にひめるのは梨への恩愛
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52歳になる甲藤さんが、新高梨の栽培をはじめたのは12年前。梨農家であった両親が亡くなったことが転機となり、車の整備士の仕事を辞め、果樹園を引き継いだのだ。お手伝いさんに教えを請いながら、独学で新高梨の栽培法を身につけた。想像以上の手間と栽培の難しさに面食らったそうだ。
「自然が相手の仕事なので、経験や勘がすごく大事なのと、美味しい梨を収穫するには1年間の長いプロセス、すべての作業で手を抜けない。傍から見ているのと、実際やってみるのとでは別世界でした」。
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梨の栽培は、冬の土作りから始まり、剪定作業を経て、春に花が咲き始めたら花粉を付けるところまでが序盤の作業。5月、実が成育し始めたら間引きを行い、6月以降には秋の収穫を見越した袋かけの作業に取り掛かる。その後は日々の気温や湿度と格闘しながら梨を育てていく。樹の上で限界まで熟してから収穫するという甲藤さんの梨は、凝縮された甘みが際立つのだ。
一つの工程でも失敗したら美味しい梨には育たない。しかも全てが甲藤さん一人の手作業だ。1年に1回しか栽培できないため、掛ける袋を2重にしたり3重にしたりと毎年試行錯誤を繰り返し、今も最適な栽培法を模索している。
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「納得できる美味しい新高梨を育てることが、両親への恩返しでもあるし、梨への恩返しでもあると思っています。この梨に自分も育ててもらったわけだからね。いまは新しい苗木も植えていて、50年後100年後もこの果樹園で新高梨が実るよう、次の世代への種まきも始めています」と甲藤さんが笑顔で話してくれた。
加工してもしっかりと“梨”
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恵まれた環境で生産者らの愛情を注がれ、旨味が凝縮された高知の新高梨は、加工用としても抜群の存在感を誇る。地元では様々に姿形を変えた新高梨に出会える。高知市内にある自家製にこだわった無添加アイスクリーム専門店「プチグラス」では、新高梨を使ったアイスクリームを展開。一般的に梨は水分量が多く甘さも弱いためアイスの素材に不向きだそうだが、新高梨は例外だと代表の前田泰史さんが力説してくれた。
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「高知の新高梨は甘みと味が段違いに濃い。他の品種だと味が薄まってしまってアイスとしては成立しない。この地域では誰もが子供の頃から食べている味。私たちの店ではなくてはならない商品です」。
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また、高知市内の老舗菓子屋の「浜幸」では、新高梨を窯焼きパイとして販売している。商品開発にかけた期間は丸1年。熱を加えると水分が飛んでしまい、梨本来の食感を残すことに苦労したそうだ。
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「新高梨は糖度が高いので、パイにした後でも風味がしっかり残ります。とくに針木地区のものは品質が別格です。お菓子にすることで、地元の新高梨の魅力を手軽に知って欲しいと思っています」と製造部の島崎洋一さんと西川寿一さんが語る。
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栽培や加工に携わるすべての人が誇らしげに話す高知の新高梨。
梨の“王様”との呼び声に恥じない、どっしりと構えたこの果実をぜひとも旬の時期に味わって頂きたい。
高知市針木地区の「新高梨」
情報提供:梨農家・甲藤学さん
“旬”の時期
10月〜11月 足が早いので収穫後すぐに食べること
目利きポイント
芯が真っすぐ通り、果形がよく豊円なもの。
重さは800g前後が最もバランスのいい味
美味しい食べ方
生のまま豪快にかぶりつくのが一番。皮にポリフェノールが多く含まれているので皮を薄く残して食べるのもオススメ。