港町八戸が育むサバ食文化
年間を通じて豊富な水産物に恵まれる青森県では、マグロやサバ、タイといった魚から、イカや水蛸、帆立やウニまで魚種が豊富。冷たい北の海を泳いできた魚たちは身が締まり、旨みも抜群に良い。また、ここで暮らす人々の間には、四季折々の魚を食す文化が根付いており、他の地域では味わえない魚料理にも出会うこともできる。
豊富な魚種が集まる青森の海
早朝5時。青森県で一番大きな魚市場・青森市中央卸売市場では本日のセリが始まろうとしていた。
「青森は日本で一番魚種が多いのでは」と話すのは、市場を案内してくれた青森中央水産の大石定範さん。場内を歩いてみると、近海で獲れた魚を中心に、ホッケやアンコウ、ノドグロにサメまで、本当に多種多様な海産物が並んでいる。聞けば青森には湖もあり、そこではヒメマス、ウナギ、シラウオやワカサギも獲れるという。
魚の宝庫である青森県では、それぞれの魚に合わせた食べ方も知っている。
「アンコウは鍋のイメージがありますが、こちらでは茹でた身と肝を味噌で和えた“とも和え”にすることが多いです。サメは煮付けやフライ、刺身でも食べますよ。青森県民は量を食べるので、大きい魚が好まれますね(笑)」と大石さんは教えてくれた。これから寒くなってくるとタイとヒラメが増えるという。こうして青森の人は、日常的に魚で“旬”を感じているのだ。
“サバの大トロ”と言われる「八戸前沖さば」
そんな青森の東南部、太平洋に面する八戸市に、大トロのように脂がのった絶品のサバがある。それが「八戸前沖さば」だ。
「八戸前沖さば」が揚がるのは、日本のサバの主漁港として本州最北端の北緯40度30分に位置する八戸港。三陸沖以北の日本近海で獲り、八戸港で水揚げされた脂肪率概ね15%以上の最もおいしい時期のサバだけが「八戸前沖さば」ブランドとして認定される。
中でも重さが550g以上のものは「銀鯖」という冠が付き、特に脂がのった上質なプレミアム品として最高位に格付けされている。
八戸港を訪れると、ちょうどサバが水揚げされているところだった。丸々と太ったサバをトラックに積みながら「今日は2000tぐらい獲れたね」と漁師が教えてくれた。八戸港の周辺には歩いて数分のところにサバやイカの加工場がいくつもある。
我々が訪れた水産加工会社のオフィス弁慶では、水揚げされた大量のサバをすぐ選別機に運び、大きいものは「銀鯖」や「しめ鯖」として出荷、小さいものは缶詰にと、サイズ別に選別・加工していた。
この町とサバの歴史は長い。昭和50年代(1970年~1980年ごろ)、八戸では年間40万tものサバが獲れた。豊富に獲れるうえ、足が早いサバを流通させるために、「しめ鯖」や「さばの缶詰」などの加工を他の地域より早い時期に取り組んだことで、八戸は水揚げに留まらない加工産業までもが発展したという。
一方地元では、サバは身近すぎる魚と捉えられ「サバは買うものじゃなくもらうもの」と、その価値に注目する人はいなかったそうだ。ところが、全国で「関さば」や「金華さば」といったブランドが立ち上がり「八戸のサバも負けていない!」と、2008年に「八戸前沖さばブランド推進協議会」が立ち上がった。
「サバは回遊魚なので北海道から八戸を通り、銚子の方へ南下します。例年9月?12月の間、冷たい海を泳いでたっぷり脂を蓄えたサバが、ちょうど八戸近海にやってきます」と話すのは協議会会長の武輪俊彦さん。
サバを八戸の名物へ押し上げた「サバの駅」
八戸の大衆魚だったサバを町の名物にした立役者がいると聞いて、我々は市内の中心街にあるサバ料理専門店「サバの駅」に向かった。その立役者とは「サバの駅」店主・沢上弘さんだ。
八戸のサバの魅力に気づいた沢上さんは協議会の立ち上げメンバーに参加。自身は2009年にサバ料理専門店を開店し、八戸のサバの知名度アップに努めた。しかし、地元では価値の低かった身近な魚だけに最初は苦戦したという。
「開店当初は客足も少なく、周囲からは“やめろやめろ”と言われましたね。その後、県外から来てくださったお客様をきっかけに徐々に人気に火が付きました。地元では食べ慣れた味も、県外の人に味わってもらうと、その美味しさに驚いてくれます」。
メニューにはここでしか食べられなく、「八戸前沖さば」の美味しさが一番楽しめると沢上さんが太鼓判を押す「さばの串焼き」や、漁獲直後に-50℃で急速冷凍する「船凍さば」の刺身など、約30種のサバ料理が並ぶ。
サバに合う日本酒5種の飲み比べセットも人気だ。おすすめの串焼きを食べてみると、香ばしい焼き目からジュワッと脂がしみ出し、濃い旨みと共に口の中に広がっていく。これが、主役になれるサバの味わいなのかと貫禄すら感じる。
いまも沢上さんのサバの美味しさへの追求は続いている。サバの鮮度をよりよく保つ新たな処理方法も開発中だという。沢上さんは「海峡のマグロにも『八戸前沖さば』の味は負けないよ」と胸を張る。
協議会会長の武輪さんも「サバの駅」の功績をたたえている。「『サバの駅』が話題になってから、地域の飲食店でも『八戸前沖さば』をメインにしたメニューを扱ってくれるようになった。市民の意識も代わり、“八戸に来たらサバを食べて!”と言えるようになってきた。国内の方々はもちろん、今後は海外の方もぜひ八戸に来ていただいて、『八戸前沖さば』を味わってほしいですね」。
魚の宝庫、青森県八戸市では、地域の人たちの努力によって、身近に存在するサバを水産資源から多くの人を魅了する、町の観光資源へと昇華させていた。魚の町八戸で魚と共に“旬”を体験してみてはいかがだろうか。