国内シェアトップ、べっ甲色に輝く茨城県の「干し芋」

茨城県ひたちなか市
干し芋を並べる様子
(取材月: December 2022)
素朴な甘さと独特の食感がくせになる、冬の風物詩「干し芋」。一昔前は保存食として重宝され、現在はおやつとして幅広い年代から親しまれている。茨城県が国内の生産を一手に引き受けており、ひたちなか市の阿字ヶ浦沿岸部には、老舗の干し芋農家が点在。伝統の製法を守りながら、全国各地に旬の味覚を届けている。

干し芋の生産量で国内トップをひた走る茨城県

干し芋の陳列の様子

秋の味覚の代名詞「さつまいも」。その収穫シーズンからひと月ほど経過すると、さつまいもを加工した「干し芋」の出番がやってくる。今や、スーパーマーケットやコンビニでも目にするが、国内生産のシェアは茨城県の一強状態だ。なんと、全体の9割を担っており、ひたちなか市・東海村・那珂市が県内トップ3の座を占めている。

もともと干し芋の発祥は、江戸時代後期の静岡県だとされている。一方、茨城県で干し芋づくりがはじまったのは、時代が明治に移った1895年から。どのような経緯で、茨城県まで伝わったのか。そのルーツをさかのぼると、前浜(現在のひたちなか市阿字ヶ浦町)に暮らしていた照沼勘太郎に辿り着く。船乗りをしていた勘太郎は、あるとき海で遭難して静岡県沖を漂流。流れ着いた静岡の地で干し芋づくりを覚え、前浜に技術を持ち帰った。

小池吉兵衛

それから10年ほど経過した1908年頃、前浜やその周辺地域で干し芋づくりを生業にする者が現れる。せんべい店の湯浅藤七や水産加工業者の宮崎利七である。そして、ほぼ同時期に小池吉兵衛も干し芋づくりに参入。これは吉兵衛の弟・大内地山を介して、県知事からの勧めがあったためだ。

ひたちなかの景色

当時、茨城県はさつまいもの主産地ではなかったが、火山灰土による水はけのよい土壌は栽培に向いていた。また、前浜周辺に吹いてくる阿字ヶ浦海岸の海風がさつまいもの乾燥にうってつけだった。立地を上手く利用した喜兵衛たちは、干し芋の増産を重ね、一大産業にまで発展させる。やがて静岡県とも立場が逆転し、1955年に生産量一位に躍り出る。

干し芋神社

こうした歴史をより広く発信するため、2019年に「ほしいも神社」が創建された。場所は、ひたちなか市阿字ヶ浦町にある「堀出神社」の境内。干し芋をイメージした黄金色の鳥居を抜けると、社殿と★(ほし)マークのついた賽銭箱がお目見え。その傍らに立つ「ほしいもの神様」の顕彰碑には、吉兵衛や藤七などの干し芋づくりに貢献した5名の名が刻まれている。

1週間以上かけて、さつまいもの甘みを凝縮

茨城県では、例年11月頃から干し芋づくりがスタートする。原料になるのは、貯蔵庫で1か月ほど熟成させたさつまいも。室温12~15度で保管しておくと、でんぷん質がショ糖に変化して、甘さが底上げされるのだ。

芋を蒸す様子

加工は、大まかに「蒸す」「切る」「干す」の工程で進められる。まずは、充分に熟成したさつまいもを貯蔵庫から取り出して、サイズごとに選別する。仕分けが済んだら表面を洗浄して、巨大な蒸し器へ投入。1時間以上かけて、中までしっかり加熱する。

さつまいもの皮むき

さつまいもが蒸しあがったら、熱々のうちに皮むき作業へ。完成後の見栄えや食感にも影響するので、この作業は人の手が頼りになる。とはいえ、さつまいもは個体によって形がバラバラ。蒸したことで実もやわらかくなっているため、丁寧に取り扱わなくてはならない。手の平に収まるほどの小ぶりなサイズもあるため、なおさら慎重になる。

さつまいもをスライスする様子

続いて、裁断の作業に移る。ここでは、木枠にピアノ線を張った専用器具「つき台」が登場。約1センチ間隔で並んだピアノ線にさつまいもをスーっと押しこんでスライスする。実がくずれやすいので、力まかせに押しこむのは厳禁。一見なんてことのない作業に見えるが、ベテランでなければ、美しい断面には仕上がらないという。
なお、裁断されるのは大きいサイズのさつまいもだけ。こちらは、細長い小判形の「平干し」に加工される。
一方、裁断が難しい小さなさつまいもは「丸干し」用として、丸ごと次の作業にまわされる。

さつまいもを並べる様子

最後の仕上げは、さつまいもを干す作業。風通しがよく埃が立ちにくい干し場に、さつまいもを並べて天日干しする。水分が抜けていく過程で、栄養価が凝縮され、甘味も濃厚に。平干し用であれば、天日干しするのは1週間ほど。肉厚な丸干し用は、倍近い時間をかけて干し上げる。しかし、屋外での天日干しは、生産量が天候に左右されやすい。そのため、近年は、機械乾燥を取り入れる生産者も少なくない。

べっ甲色に輝く、老舗干し芋農家の自信作

芋を乾燥させる

ひたちなか市の阿字ヶ浦沿岸には、今でも昔ながらの干し芋農家が点在している。120年以上の歴史をもつ「小池農園」もそのひとつ。栽培・加工・出荷までを一気通貫で手がけ、毎年約5000キロの干し芋を市場に送り出している。栽培品種は、糖度が高くしっとりとした食感の「紅はるか」と、黄金色の果肉で素朴な味わいの「ほしこがね」。こちらの農園では、人気品種の紅はるかが生産の主力だという。

「紅はるかは焼き芋にしてよし、干し芋にしてよし。スイーツ感覚で食べられます」。そう話すのは、4代目の小池一彰さん。自身が農園を継いでからは、機械乾燥と天日干しを掛け合わせて、干し芋を作るようになった。

小池一彰さん

「生産量を増やすために、工程の一部を機械化することに決めました。それまでは、平干しの加工に1週間を要していましたが、今は機械乾燥2日・天日干し1日の計3日間で済んでしまいます。天日干しを1日挟むのは、干し芋の発色をよくするため。するとしないとでは、仕上がりに大きく差が出るんですよ」

平干し干し芋

そういって差し出した平干しの干し芋は、まるでべっ甲のような鮮やかさ。日光を透かすと、本物さながらに輝いて見える。小池さんによると、加工が上手くいかないと表面が筋っぽくなり、色もくすんでしまうという。

丸干し干し芋

次に見せてくれたのは、コロっとした見た目が可愛らしい丸干しの干し芋。全体の2割しかとれない希少品のため、シーズン中はお取り寄せの問い合わせが後を絶たない。人気商品だけあって、その味わいは別格。ねっとりとした食感で、噛めば噛むほど濃縮された甘みが口に広がる。小池さんがいう「スイーツ感覚」の言葉にも納得である。

小池一彰さん

「丸干しも平干しも全国各地から注文があります。なかには『今年もおいしい干し芋をありがとう!』と、連絡をくれるお客さまもいるほど。嬉しい一方で、身の引き締まる思いです。これからも手間暇を惜しまずに、丁寧な仕事を心がけていきたいですね」

干し芋のパッケージ

シンプルな工程だからこそ、仕上がりに生産者の技術や個性が表れる。それゆえに、直売所に並ぶ干し芋は、形も色合いも多種多様。生産地に足を運んで、好みの一品を見つけるのも醍醐味といえそうだ。

Writer : NAOYA NAKAYAMA
 / 
Photographer : CHIE MARUYAMA

小池農園

TEL 029-265-9140
URL https://www.koike-farm.com

茨城県  観光情報

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