紀伊水道の恵み「ハモ」 和歌山県・雑賀崎を訪ねて
独自の景観、文化が築かれた、一本釣り漁法発祥の地
日本のアマルフィ――、そう呼ばれているまちがある。和歌山県和歌山市の南西端にある雑賀崎(さいかざき)地区だ。和歌浦湾を背にして地区の丘陵地を見上げると、地形に沿って立ち並ぶ家々が目に飛びこんでくる。まるで、断崖をそのまま住宅地に置き換えたかのよう。壮観な眺めは、なるほど、イタリアのアマルフィを彷彿とさせる。陽が落ちると、集落の灯りが山あいに浮かび上がり、より幻想的な光景になる。
ここ、雑賀崎もアマルフィ同様に古くからの漁師町である。室町時代、漁網業の漁師たちが集落をつくったのが、その始まりとされている。「一本釣り漁法」発祥の地でもあり、かつては船上生活をしながら各地の海へ繰り出す「旅漁」が行われていた。
現在は、雑賀崎漁港を拠点にした近海での底引き網漁が主流に。旅漁の文化は途絶えてしまったが、いまでも地域に根づいている習わしもある。その一例といえるのが、漁師たちによる自助グループ「仲前」だ。「西ノ丁」「中ノ丁」「池ノ丁」「東ノ丁」のグループがあり、船長の出身地域によって所属が割りふられる。
「仲前は、運命共同体のようなもの。網仕事やトラブル、故障、事故などの時に助け合うんです。誰かが欲をかいて個人プレーに走ることもありません」。
そう話すのは、雑賀崎で漁業を営む池田佳祐さん。家業を継ぐために2020年に大阪からUターン。父・勝彦さんのもとで腕を磨くかたわら、地区内でゲストハウス「Fisherman’s Table & Stay 新七屋」も営んでいる。
波止場で開く「はた売り」は、池田さんが家業を継ぐ少し前、2010年ごろから始まった新しい風習だ。漁師による直接販売のことで、帰港して間もなく漁船の前に露店が並ぶ。とれたての魚介がリーズナブルに手に入るとあって、一般客に混ざりプロの料理人も買いつけに来ることも。「今日は珍しいのが入っているよ」「この魚の調理方法を教えて」。漁師やおかみさんとのやりとりも醍醐味だ。
この即席マルシェの開催は、人手不足で競りができなくなったことに端を発している。苦肉の策ではあったが、結果的に漁師に価格決定権が生まれ、いまでは漁港の名物として地域内外の人から親しまれている。
夏に出荷の最盛期を迎える、紀伊水道のハモ
雑賀崎の漁師は「紀伊水道」を主な漁場にしている。和歌山県北西部と徳島県東部に挟まれた海域で、南北約50キロに渡って広がる。瀬戸内海の一部を構成し、和歌山市の日ノ御埼と徳島県阿南市の蒲生田(かもだ)岬を結んだ線の南側は、太平洋に開けている。
池田さんによると、雑賀崎では2通りの底引き網漁を使い分けているという。6月から11月にかけて行われる「板こぎ漁」と、それ以外の季節に行われる「石げた漁」だ。それぞれ、どのような違いがあるのか。
「板こぎ漁は、網の両サイドに取り付けている鉄板がポイント。この網を海中に投入して漁船を引くと、鉄板が水の抵抗を受けて網が展開する仕組みです。一方の石げた漁は、熊手のような爪が付いた網を使います。この爪で海底の砂や泥を掻き出して、潜っている魚を捕えます」。
5月から10月にかけては「ハモ」も底引き網にかかるという。京料理でおなじみの食材、と聞くと優雅なイメージを抱くが、ハモそのものはとても狂暴。うなぎに似た細長いからだ、ギョロっとした目、大きく割けた口、鋭い牙……見た目も怪獣さながらだ。
「太陽が沈んだ後暗くなってから、水深60メートルあたりを底引き網でさらっているとかかることが多いですね。暴れまわるから、網から取り出すのも一苦労です」。
そんなハモの活け締めに、池田さんが立ち会わせてくれるという。案内されたのは、雑賀崎漁港の一角に立てられた倉庫。魚の保管場所と作業場を兼ねており、中には大きな生簀が設置されている。
生け簀は海水かけ流し、底に沈んだパイプはハモの棲み処になっていて、この日も数匹がじっと身を隠していた。2日間ほどエサを抜いたそうで、胃のなかは空っぽ。こうすることで、締めたあとの臭みがなくなるという。
「あいつにしましょう」。池田さんが目をつけたハモは、全長1メートルほど。大きいものなら2メートル近くまで育つが、食べるならそれよりも小ぶりなものが美味だという。
よし、と一呼吸置いて生け簀のパイプに手をかける池田さん。水面ギリギリに引きあげて、ハモが流れ出てきたところをタモ網でキャッチ。瞬間、ハモが大暴れ。タモ網から飛び出さんばかりに、あたりに海水をまき散らす。
「いつも気が抜けません」。池田さんはそう言うとハモの首根っこをつかんで、その動きをいなすようにしてまな板の上へ。血管を切断し血抜きするために、すかさず、ハモの首と尾の先に包丁を入れて骨を切断。さらに断面から脊髄にワイヤーを通して神経を破壊する。それでもなお、ハモはぬらぬらと動き続けている。池田さんいわく「首から胴体を切り離しても噛みついてくる」というから驚きだ。
続けざまに、ハモの血管を切って血抜きをし、神経を抜いて水にさらす。その流れで表面のぬめりを落としたら、作業完了。その日は2匹のハモを締められ、市内の料亭へ送り届けられた。
鍋、湯引き、照り焼き……ハモの美味さを味わい尽くす
和歌山市内では、新鮮なハモを食べられる飲食店が少なくない。「新和風料理 柚香」もそのひとつ。例年6月頃からお品書きにハモ料理が並び始める。料理長の岡阪裕文さんによると「この時期にハモは外せません。常連のお客さまも毎年楽しみにしていますよ」とのこと。
この日は、とくに人気の高い「水無月 鱧すきコース」(要予約)をいただいた。胃袋、肝、玉子などの希少部位が味わえる「鱧すき鍋」や甘辛に仕上げた照り焼き、米粉を使用した美甚粉(みじんこ)揚げなど、ハモ尽くしの贅沢な構成になっている。
とりわけ目を引いたのが氷鉢に盛りつけられたハモの湯引きだ。見事な盛りつけもさることながら、白身の美しさに目を奪われる。身が花開いたように反り返っているのは、ひと手間かけた証し。その理由を岡坂さんは、こう話す。
「ハモは小骨が多くて、そのまま食べるには不向きです。だから、調理前に小骨に細かく包丁を入れて『骨切り』をしなくてはなりません。皮一枚を残しつつ、隙間なく切れ込みを入れるのは熟練の技術が必要になります」
一切れ口に運んでみて、その言葉に納得。ふわっと柔らかく、小骨の存在を全く感じさせない。淡白なようで、噛みしめるとうま味がしみじみと広がる。薬味で付いてくる「南高梅」の梅肉を合わせると、上品な甘みがより鮮明に。どんな味つけでも個性を失わない滋味深さに思わずうなる。
「じつは、ハモ料理はレパートリーが豊富。だからこそ、腕のふるいがいがあります。京都で食べるハモも風情がありますが、ぜひ産地・和歌山でも味わっていただきたいです」
ところ変われば、味わいもまた変わる。産地に足を運べば、ハモの知られざる魅力が見えてくる。