命と向き合う「精進料理」
6世紀、仏教とともに中国から日本に伝わった精進料理は、もともとは修行僧のための食事だったといわれている。その精進料理がいま、和食文化への関心の高まりともに、世界からも注目を集めている。
我々は、そうした精進料理を知るため、東京・赤坂にある常國寺(じょうこくじ)で精進料理教室「赤坂寺庵(てらん)」を主宰する浅尾昌美さんのもとに伺った。
精進料理から学ぶ、“作る心”と“食べる心”
東京・赤坂に、浄土真宗のお寺が集まる小さな寺町がある。都会の真ん中にありながら、不思議とそこだけゆっくりと時間が流れているような、閑静な空間の一角にあるのが、350年の歴史を持つ常國寺だ。
常國寺の衆徒(僧侶)であり、栄養士の資格も持つ浅尾さんは、幅広い栄養学の知識を活かしながら、お寺の中で学ぶ精進料理教室「赤坂寺庵」を主宰している。
“健康食”ということでも注目されている精進料理だが、「“健康食”という部分的な特長だけでなく、もっと広く深く精進料理の魅力を知ってほしい」と浅尾さんは話す。
「精進料理は、食材と向き合い、なるべく無駄が出ないように調理します。例えば、おからというのは、豆腐を作る際、大豆から豆乳を搾った後に残る搾りかすなので、もとは捨てられるものでした。でも、おからにはまだまだ栄養が残っているし、工夫して調理すれば美味しい料理に格上げできる。こうして食材を活かしきることが大切なんです」。
無駄はとことん省く一方で、手間は一切省かない。電子レンジや半調理品などを使えばいくらでも楽ができる工程も、手間を惜しまずにすべて手作業でおこなうことに精進料理の意義があると、浅尾さんはいう。
「日常に取り入れるのは難しいですが、ぜひ一度、ごま豆腐作りに挑戦してほしいですね。ごま豆腐は、精進料理のなかで最も手間のかかる料理で、ごまがペースト状になるまですり続けなければなりません。男性で約20分、女性はその倍はかかります。でも、そうした手間も、食材への感謝と、お供えする仏様や食べてもらう人のことを思う、大切な時間なんですよ」。
作り手の手間ひまから生まれるこうした心得はもちろん、食べ手の心得も重視するのが精進料理。そうした理念の基礎を築いたのは、鎌倉時代初期に曹洞宗を興した道元だといわれている。「日常生活のすべてが修行である」とした道元は、「食事を作ることも食べることも修行のうちである」と説いた。
「禅宗の修行僧は、道元禅師の教えにならい、食べる前に『食事五観文(ごかんもん)』という、食事に対する感謝の気持ちや心構えについて説かれた文を唱和します。その精神は今の日本でも、『いただきます』と手を合わせる習慣として根づいていますよね。『いただきます』という言葉には、食材の命を“いただく”という意味が込められているんですよ」と、浅尾さんは教えてくれた。
浅尾さんは我々に、“一汁三菜”の精進料理を作ってくれた。
ふるまわれたお膳を前にすると、食材を丁寧に扱い、まごころを込めて調理する浅尾さんの姿が思い出され、自然と手を合わせ、「いただきます」という言葉が口から出てくる。
精進料理というと“質素な食事”というイメージがあったが、それぞれの食材の味わいや食感がしっかりと活かされていて、とても食べごたえがあり、お腹だけではなく、心も満たされていった。
浅尾さんが教えてくれた、精進料理を作るうえでの様々な基本を一部ご紹介しよう。
●使ってはいけない食材がある
精進料理では、殺生を禁じる仏教の教えのもと、肉や魚を使わないことは有名。ほかにも、「五葷(ごくん)」と呼ばれる、ねぎやにんにくなどの香りの強い野菜も使用しない。食後まで香りが残ってしまうことで、性欲が刺激され修行の妨げになるからといわれている。
●食材本来の味わいを引き出す味付けをする
「五味五法(5つの味付け、5つの調理法)」という和食の基本にもとづいて調理する精進料理。食材本来が持つ味、「淡味(あわみ)」を引き出すため、薄味を心がけ、最適な調理法を選択する。
●器の種類と用途を知り、ちょうどよい量を盛る
精進料理では、基本的に5種類の器を使用する。「飯椀」にはご飯、「汁椀」には汁物、「坪椀」には和え物、「平椀/平皿」には煮物や炒め物、「椿皿」には漬物、というように、どの器に何を盛り付けるかも決められている。食べ残しが無いよう器に対してちょうどよい量を盛ることも大切。
食べることは、命と向き合うこと
生きる上で欠かすことのできない“食”。
それほど大切な“食”だが、日々の生活のなかで食事をすることは当たり前となってしまい、つい感謝の心を忘れがちだ。
「“食”は、身体の栄養になるだけでなく、心の栄養にもなります。今自分が食べているものが、明日の自分や数ヵ月先の自分をつくってくれている。誰かを思いながら食事を作ったり食べたりすることで、心まで健やかになる。精進料理を通して、いかに“食”が大切であるかを、少しずつでも多くの方にお伝えできればと思っています」と浅尾さんは語る。
亡くなった先祖を供養する夏のお盆の時期は、精進料理に触れる機会がある人も多いだろう。この夏は、精進料理を味わいながら、これまでと違った想いで、 “食”と、そして命に向き合ってみるのはいかがだろうか。