涼味の誘惑 「かき氷」
古くは平安時代から、「削り氷(けずりひ)」という名の氷菓子が存在し、清少納言はそれを『枕草子』のなかで「あてなるもの(上品で美しいもの)」の一例として書き記している。
そうした歴史が示すように、昔からかき氷は、一見シンプルでありながら奥深い魅力を感じさせる涼味として人々に親しまれてきた。
今では氷やシロップなどの素材や製法に独自のこだわりを持つ店も増え、かき氷の魅力はさらに奥行きを増している。今回は特色あるかき氷を提供する東京都内の店をご紹介しよう。
こだわり抜かれた素材が活きる ─「だるまや餅菓子店」(東京 十条)
北区、十条銀座商店街の一角にある「だるまや餅菓子店」は、昭和22年(1947年)創業の歴史と趣を感じる店だ。“餅菓子店”という名前ながら、かき氷を目当てに来店する人が多く、あずきと抹茶の絶妙なバランスを楽しめる宇治金時が評判。
ほんのり甘くふっくらと炊き上げられたあずきは、餅菓子店のお家芸ともいうべき熟練の技が生きる。全国各地の茶師から直接買い付けている抹茶は、その香りと味わいを最良の状態で提供するため、注文を受けてから点てる。このとき抹茶には一切甘みを加えない。あずきと抹茶がふんわりと削られた氷とともに口の中に運ばれて初めて、調和のとれた一つの宇治金時としての味わいが完成するというわけだ。
抹茶の種類により様々な宇治金時が取り揃えられているが、メニューを考案する三代目の河田さんが最もおすすめしたいのは、「オーガニック宇治金時」。
抹茶とあずきだけでなく、あずきを炊く際の砂糖まで、すべてオーガニック素材を使用しているという、こだわりの一品だ。
「体を作るのは食べ物です。安全で良質な素材を食べることが健康につながりますからね」と、オーガニック素材にこだわる理由を教えてくれた河田さん。全国各地の生産者を巡り、良い素材を厳選し続けてきた結果、オーガニック素材にたどり着いたそうだ。
“素材がいきいきとしたかき氷”を目指し、日々調理方法や味付けの研究を重ねる河田さんは、「手間をかけて作られた料理を味わうように、当店のかき氷を楽しんでもらいたい」と、かき氷への想いを語った。
楽しさと美味しさが織りなす人情味 ─「ひみつ堂」(東京 谷中)
東京台東区の谷中銀座商店街のほど近くに、レトロな雰囲気が漂うかき氷専門店「ひみつ堂」がある。
「ひみつ堂」のかき氷の特長は、手動式の氷削機で削られるふんわりとした食感の天然氷と、“旬”の果物の濃厚な味わいを活かしたとろみのある自家製「蜜(シロップ)」。この一貫した“手作り感”が、多くの人を引き付けている。
スタッフの威勢のいいかけ声が飛び交う活気溢れる店内でひたすら氷を削り続けるのは、店主の森西浩二さん。
「お客さんに美味しさだけでなく楽しさも味わってほしくて。やっぱり手動のほうが、見ていて楽しいですからね。自動だと、ここまでの楽しさは演出できないと思います」と、開店前から行列が並ぶ人気店でありながら手動にこだわる理由を森西さんは教えてくれた。
もともとは自身の子どもを喜ばせたいという想いがきっかけで、2009年に屋台でかき氷屋をはじめた森西さん。手動の氷削機と自家製「蜜」は、その時からのこだわりだ。2011年にオープンした現在の店にも、その想いは息づいている。
「ひみつ堂」の一番人気のかき氷は、「ひみつのいちごみるく」。
材料のいちごは静岡の農家から直接仕入れており、「ひみつ堂」の「蜜」の特長である濃厚なとろみを出すのに適した水分量や赤の色味の鮮やかさなどを吟味、厳選したものを使っている。その美味しさを損なわないよう、砂糖以外の材料は使わず、火も入れずに「蜜」に仕立てるという。作り方の詳細を尋ねると、「魔法を使っているんです」と森西さんは笑った。
かき氷で感じる季節の味わい ─「はいむる珈琲」(東京 武蔵小山)
2014年にオープンした、東京品川区武蔵小山の商店街のにぎわいから少し外れたところにある「はいむる珈琲」。
一見普通のカフェのような店構えだが、店頭には「かき氷」や「ラーメン」などの文字が並び、その独特なラインナップに驚かされる。
なかでも人気を集めているのが、“旬”の素材を使ったかき氷。「完熟メロンのプリンアラモード」、「極上いちごのスパークリングエスプーマ」、「桃薫いちごみるく」など、独創的で魅力的な甘い言葉がメニューに並ぶ。
「毎年、その季節の素材を使った“旬”なメニューを考えています。偶然新しい味わいができることもあれば、試行錯誤しながらできあがる味もあり、お店に出せるのは試作したうちの1割くらいだね」と、教えてくれたのは店主の井渕康次さん。
季節ごとに新しいシロップを考えるポイントは、風味が高い“旬”の素材を選ぶこと。香りや酸味、甘みなどの果物の個性が強くなる“旬”の素材を使うことによって、素材そのものの味わいを楽しむことができるシロップができあがるのだという。
使用する氷についても、井渕さんの並々ならぬこだわりが込められている。実際にその土地に足を運び、味わってみて氷を選んでおり、(天然氷の採取量によって)富士の天然氷や和歌山県古座川の名水百選の氷などを選定している。
「氷を選ぶ時は、美味しさだけでなく、氷の密度にもこだわっています。時間をかけて作られた氷は密度が高く、ふんわりとした溶けにくいかき氷になるんです」。
最後の一口までかき氷を楽しんでもらうため、井渕さんの素材への追求はこれからも続いていく。
甘味処の軒先に揺れる氷旗に誘われる日本の夏。
この夏はぜひ、それぞれのお店のこだわりや想いなどに触れながら、自分のお気に入りのかき氷を見つける旅に出てみてはいかがだろうか。