にっぽんの駅弁。 ―駅弁の魅力 クリエイティブディレクター 戸村 亜紀
四季折々の景色を眺めて味わう駅弁は格別であり、その瞬間にしか体験できない“旬”の旅を演出してくれる。
その地域ならではの駅弁との出会い。それは旅のひとつの楽しみともいえるだろう。
クリエイターも注目する、にっぽんの駅弁の魅力とは
海外向けの駅弁の本「EKIBEN The Ultimate Japanese Travel Food(IBC Publishing, Inc.)」を4月(2015年)に出版したクリエイティブディレクターの戸村亜紀さんに駅弁についての魅力を尋ねてみた。なぜ、クリエイターが駅弁の魅力に心を奪われ、本を出版するまでになったのだろうか。
「私はブランディングやデザインの仕事で地域と関わることが多いのですが、ここ数年間、駅ビルやショッピングモールなどの均一化が進み、地域の個性が失われていることに危機感を抱いていました。そんな中、ひときわ地域性を発している駅弁の存在感にインパクトをうけ、これは日本独自の文化だと興味を持ったのが本を出版しようとしたきっかけです」と戸村さん。
そこから戸村さんは仕事の合間を縫っては各地の駅弁を取材。
そして、地域の魅力が詰まった日本全国の駅弁の情報を海外に発信することは、訪日観光のきっかけにもなると思い、海外の人たちにも読んでもらえる駅弁の本の出版を決めたのだ。
全国各地の駅弁を取材した戸村さんは駅弁の魅力を3つのキーワードで説明してくれた。
その1 箱に詰まった地域のプレゼンテーション
「地域の魅力をひと箱に詰めて一食で伝えようとする勝負感が面白い」と戸村さんはいう。山が魅力の地域には山の食材、海が魅力の地域には海の食材、そして保存方法や調理法、パッケージまで、地域の魅力がひと箱に凝縮されているところが駅弁の魅力のひとつだという。
その2 地域独自の創意工夫
「駅弁の開発にはマスマーケティングの視点とかではなく、地域が持つ直観的な視点を大事にして作っています。その結果として、どこにも似ていない地元愛に溢れた駅弁が多くなっているんだと思います」と戸村さんはいう。
駅弁の多くは家内制手工業で作られているものも多い。そのため、企画からデザインまで全て地域の人たちが担っているのだ。駅弁は都市の高度な仕組みの中で生まれたものではなく、地域の暮らしの中のその地に暮らす人々のアイデアが活きているのだという。
その3 旅の記憶装置
「駅弁のデザインやパッケージは趣向が凝らされています。伝統的な駅弁ほどパッケージ自体が置物や貯金箱など、二次利用できるものが多いんです」と戸村さんはいう。こうした工夫によって、我々は家に帰ってきた後でも旅の記憶を楽しむことができるのだ。
「空き箱を手にした時に、その時の食べ物の香りや車窓から見た景色や出会った人の表情がフラッシュバックする。旅の記憶と食は密接につながっていますからね。ただ、工夫を凝らした伝統的な駅弁は年々数が減ってきています。こうした工夫は次世代にも駅弁の文化として残していきたいですね」と戸村さんは話す。
我々に3つのキーワードをもとに駅弁の魅力をわかりやすく教えてくれた戸村さん。
ここでインタビューの中でも名前のあがった戸村さんおすすめの駅弁を紹介しよう。
母恋めし(母恋めし本舗 北海道室蘭市)
~戸村さんコメント~
ひとつの伝統食からメーカーの違う複数の類似した弁当が並ぶ地域が多い中、似たものがない独自な駅弁「母恋めし」。
特別な加工がされていない自然のままの二枚貝が入れてあるのだが、特別な加工がされていないからこそ、その貝を手にとった瞬間は収穫の喜びにも似た、この地域の大自然に触れた感覚がある。
「母恋めし」は夫婦で作り上げている手作り弁当。その地域に暮らし地元を知り尽くした人からのお土産を持たされた様な、ほっこりした味や組み合わせが魅力。
お鉢弁当(南洋軒 滋賀県 草津市)
~戸村さんコメント~
この地域の伝統産業である植木鉢に入った駅弁「お鉢弁当」。植木鉢を持ち帰り、植物を育て収穫する楽しみまでを提案してくれる。ラディッシュの種まで付いているので、土を入れ育てれば、採れたてのラディッシュを食すことができる。
包み紙には、新聞紙を模したデザインになっており、環境問題への取り組みの大切さなどが書き込まれている。
旅の途中の食事を提供しつつ、地域の産業とプロダクトの本来の用途を伝え、体験させてくれる。食材を自然の力と共に時間をかけて収穫すること、人と食、または環境を考えるということまでを提案の中にいれた素晴らしい商品。
この他にも、まだまだ全国には魅力的な駅弁がたくさんあると戸村さんは話す。全国津々浦々、数多くの駅弁の中から自分のお気に入りの駅弁を見つけ、実際にその場所まで足を運んでみてはいかがだろうか。地域の魅力が詰まった駅弁は、旅先のレストランや料亭でいただく料理とはまた違った食体験としての趣を我々に提供してくれることだろう。