「夏至」から「半夏生」へ。農作業の労をねぎらう行事食
一年間で最も日が長くなる「夏至」
( 国立国会図書館デジタルコレクション )を加工して作成
夏至は毎年6月21日あたりを指し、この日は一年間で最も日が長くなる。古代中国で生まれた暦法「二十四節気」にもとづいた概念で、1年を24等分したうちのひとつにあたる。ほかには、冬の寒さが落ち着きはじめ、春の到来を感じさせる2月4日頃を「立春」、夏から秋へと移り変わる9月22日を「秋分」といった具合に、その時々の気候風土を象徴するような名づけで節気が区切られている。
「二十四節気」が日本に伝来したのは平安時代だとされており、現代においても時候を表す言葉として手紙や新聞の紙面などで目にする機会は多い。ただし、中国発祥の暦ということもあり、それぞれの節気と日本の気候が必ずしも合致しているわけはない。近年は、地球温暖化や気候変動なども影響しており、「二十四節気」と気候のズレは今後もじわじわと広がっていきそうだ。
「夏至」ならではの風習が定着しなかった理由とは
実際の季節感と若干のズレはあるものの、「二十四節気」にならった風習は今も昔も変わらず日本人の生活に根づいている。日本には「二十四節気」の季節をわかりやすくとらえるための暦「雑節」があり、そのなかには現代人にもおなじみの「節分」「彼岸」「土用」などが含まれている。
厳しい寒さを控えた「冬至」の日に「ん」の付く食べ物を食べると縁起がいい、という言い伝えがありこれに基づいて全国的に広がった風習が「冬至かぼちゃ」だ。江戸時代にはじまったとされており、庶民はかぼちゃ(なんきん)を食べて翌年の縁起を担いだ。
一方、「夏至」には全国的に定着している風習があまりない。「冬至」も「夏至」も “季節の入り口”にあたる節気なのに、なぜこの差が生まれたのか。その理由について、清さんは「夏至が農繁期と重なっているから」と話す。
「これまで様々な調査をおこなってきましたが、『夏至』ならではの伝統行事や行事食などはあまり聞いたことがありません。ただ『二十四節気』の成り立ちを考えたら、当然だといえます。『夏至』は農繁期にあたり、農家の人たちからすれば、行事どころではなかったのでしょう。また、保存技術が発展していない時代は、夏場に食べものを作り置きすることができなかったので、手の込んだ行事食も定着しなかったと考えられます」。
さまざまな地域で多様に展開する「半夏生」の行事食
農家にとっては「夏至」よりも「半夏生」の方が節目としての役割が大きい。「半夏生」は、「夏至」から数えて11日目の、7月2日頃から七夕(7月7日)までの5日間を指す。古くから「半夏半作」などといって、「半夏生」以降に田植えをすると秋の収穫量が減ってしまうという言い伝えがあり、昔の農家は半夏生までに農作業を終えようとしたものだった。「半夏生」の時期は天から毒がふる、といった物騒な言い伝えも残っており、農家は駆り立てられるように農作業をしていたにちがいない。そして「半夏生」を迎えるころ、農作業は一端落ち着き、やっと骨休めすることができた。
「『半夏生』の由来は、サトイモ科の『カラスビシャク」の別名『ハンゲ』だとされています。半夏が生える時期のため、半夏生の名前がついたようです。この頃に花が伸びるので、農家の人にとっては休暇モードに切り替えるための目印になっていたのかもしれません」
「夏至」とは異なり、「半夏生」の時期は各地でさまざまな行事食が食べられている。これは栄養のあるご馳走を食べて、農作業を労ったことから定着したものだ。
例えば、清さんの出身地である大阪府ではタコを食べる風習があるのだとか。
「『半夏生』の時期になると、まちのスーパーや鮮魚店などに必ずタコが並びます。この時期のタコは甘みが強く、身もやわらかい。小麦の収穫後に旬を迎えるので『麦わらだこ』の名でも親しまれています。この『半夏生のタコ』は農村地域を中心に広まった食文化のようです。タコの足のように作物が大地に深く根づきますように、との思いも込められているそうですよ」
小麦がとれる地域で広く浸透しているのが「小麦団子」だ。その名のとおり小麦粉を原料にした団子で、つるりとした舌ざわりともちもちとした食感が楽しめる。
「『小麦団子』は岐阜県や高知県でよく食べられています。なかには半夏生が訛った『はげ団子』や『はげまんじゅう』といったユニークな名前で呼んでいる地域もあるんですよ」
小麦つながりで、香川県では『半夏生』にうどんを食べる習慣があり、これにちなんで7月2日は『うどんの日』と定められているそうだ。
福井県大野市には豪快な風習が残っており、夏本番を前にサバ一匹を丸焼きにした「焼きサバ」を食べる。ルーツは定かになっていないが、ときの藩主が夏バテ防止のために「焼きサバ」を食べることを領民に推奨したとも、あるいは「焼きサバ」を配りまわったとも伝わる。当時の史料によると、少なくとも江戸時代後期には「半夏生のサバ」が親しまれていたようだ。
「福井県といえば若狭湾のサバが有名ですね。大野は山間地域なのですが、藩の飛び地があった越前海岸からサバが供給されていたと伝わっています。
また、福井県全域に残る習慣としては、野良作業の合間に食べる『朴葉めし』があります。朴葉でつつんだおにぎりのことで、軽食として親しまれていたようです」
そのほか、大阪府の「あかねこ餅」、福井県小浜市・若桜町の「かしわ餅」など、この時期の行事食は各地で多様に展開。
また、京都府には6月30日の夏越の祓に食べられる「水無月」という和菓子もある。
現代の生活で「夏至」や「半夏生」を意識することは少なくなったが、清さんによれば「旬のものを食卓に取り入れるだけで、ぐっと身近になりすよ」とのこと。「二十四節気」からなる農業の歴史に思いを馳せながら、夏の訪れを味わってみてはいかがだろうか。