目利きが語る:夏の「ピーマン」
野菜が本来育った環境で、その野菜自身の植生にあった時期に息づくもの。
自然の速度であるがまま、無理なくのびのびと生長しているため、生命力に溢れ、バランスのとれた姿形でしっかりとした味わいを宿している。
東京築地にある、こだわりの青果店「築地御厨」店主の内田悟さんに、旬野菜の魅力をそれぞれの季節ごとに語っていただく。33年間に亘って青果店で野菜と向き合ってきた内田さんは、その独自の野菜観が評判で、素材にこだわるレストランからお任せで注文を受けるなど「野菜の目利き名人」として知られる。日本全国での講演会や、テレビや雑誌等、幅広い分野で活躍している。
今回ピックアップして頂いたのは夏野菜の代表格「ピーマン」。野菜の基礎知識から目利き方法、そして季節に応じたおいしい調理方法まで、旬を迎えたピーマンの魅力を語ってもらった。
ピーマンはどうして6月なのか。旬には理由がある。
気温が上がり、人間もTシャツ1枚姿が目立ち始め、夏の到来をほのかに感じさせる6月。
野菜の世界も夏を迎え、その先頭を切って届き始めるのがピーマンだ。今や年中スーパーに出回っているので、あやふやになりがちだが、ピーマンの本来の旬は6月~8月だという。
「野菜の旬を理解するためには、その野菜の原産地を知り、その野菜がどんな気候、どんな環境で育ったのかを探ることが大切なんだよ」と、内田さん。
ピーマンの原産地は熱帯気候の中南米。元々は唐辛子であったものが、ヨーロッパなどに伝えられる過程の中で姿を変え、辛味種と甘味種に分化された歴史がある。その甘味種に属するのが、ピーマンやパプリカだ。
この背景に沿えば、中南米の気候に近い日本の5月~9月の時期が旬の時期であり、気温、湿度、土壌等の環境条件が似ている産地で育ったものがピーマン本来の味に近いといえる。
47都道府県様々な地域でピーマン栽培が行われているが、温暖で水はけのよい砂地を持つ茨城県がピーマン栽培に最も適しているそうで、この日、内田さんが取材のために用意してくれたのも、茨城県波崎市のピーマンだ。
ピーマンの目利き術!おいしいピーマンを選ぶには。
その野菜の生まれや背景を知ることが、旬を正しく理解する大事な要素であることは分かったところで、次は、スーパーや八百屋で、実際どんなピーマンを選べばいいのか、野菜目利きの名人である内田さんが、ピーマンの目利きポイントを教えてくれた。
・淡い緑色をしている(真緑ではない!)
・肩が張って盛り上がっている(*肩とは中心軸の周り、盛り上がっているところを指す)
緑が淡くて白っぽく見える正体は「クチクラ層」という薄い皮膜で、この皮膜には、表皮を紫外線や乾燥から保護する働きがあり、自然にきちんと細胞分裂を繰り返して育ってきた証なのだ。肩が張っているのは、そのピーマンがしっかりと力強く枝にぶらさがっていたから。太陽の下で吹く風をもろともせず、栄養を吸収して育ったことを意味している。
「旬に息づく野菜は、自然の原理に沿って、ちゃんと育っているから、姿形に共通点があるんだよ」と、内田さん。毎日様々な形の野菜と向き合う中で、内田さんは、全ての野菜に当てはまるという、野菜の目利き8箇条を提唱している。
内田流やさいの見かた8か条
[形]まるいやさいを選ぼう
[大きさ]大きすぎない。だけど、ずっしり重いものを選ぼう
[色]緑色が淡いものを選ぼう
[バランス]形や葉脈が左右均等で美しいものを選ぼう
[軸]軸が小さめでまん中にあるものを選ぼう
[ひげ根]ひげ根の跡がまっすぐに並んでいるものを選ぼう
[芽・子室]次世代につながる生命力のしるし=根・芽・子室の数を確認しよう
腐るやさいではなく、枯れるやさいを選ぼう
旬には「走り」「盛り」「名残」がある。
旬野菜をもっと楽しむためには、他にも押さえておきたいポイントがある。
国産の露地栽培を基準として、旬にも産地ごとにも3つの時期が存在するということ。
その時期が「走り」「盛り」「名残」だ。
同じ旬でも、走りから名残にかけて、その味わいや特徴はどんどん変化する。
- 走り―
- 「旬」のなかでも最初に出始めるもの。水分量が多く繊維が柔らかい。
新しい季節の到来に心躍らせる。 - 盛り―
- 出荷量も増え、味わいもピークに達する。
- 名残―
- 終盤に入る時期。水分量が少なく、皮が張って固い。
去りゆく季節に名残惜しさを感じ、いとおしむ。
6月のピーマンはまさに「走り」。水分が多く、皮が薄くて柔らかいのが特徴だ。
「走り」のピーマンはまるごと焼きで。
「旬を迎えた野菜は、簡単でシンプルな調理が1番。水分の多い走りの野菜は油調理が断然うまい!」と、内田さん。おすすめの食べ方を聞くと、ずばり、まるごと焼いて食べることという答えが。
「走り」のピーマンは、頭の部分、胚軸の台座に付いている種が、まだ真っ白で水分がある状態なので、そこも捨てずに食べられるのだそう。
「胚軸は人間で言えば、お母さんと子どもをつないでいるところで、栄養の通り道だから、ここが1番おいしいんだよ」と、うれしそうに語る内田さん。
楊枝で数カ所穴をあけるか、筋目を入れたピーマンを種も丸ごと、多めの油で両面をジュジュッと焼きつけた後、水を加えて蒸し炒めにする。ただそれだけで、種まで味わい深く焼きあがる。
野菜の魅力が引き立つシンプルでありながら最高の味わいの一品が完成。
春の名残のトマトで作ったトマトソースと、夏の走りのピーマンのかけ合わせで季節の移ろいを味わうのも、粋な旬野菜の楽しみ方だ。
種も軸も丸ごと焼いた走りのピーマン。
「甘くてジューシー」なうえに、「肉厚で食べごたえがあり、主食にもなりうる満足感」。ピーマンのステーキと呼ぶのがふさわしいかもしれない。
他にも、「走り」のピーマンのおすすめレシピを内田さんが教えてくれたので、興味ある方は、こちらのレシピをご覧いただきたい。
「おいしいね、そんな季節だね」と食卓で語り合ってほしい。
日本という島国。春夏秋冬という四季がある環境だからこそ、無意識に育まれてきた日本人ならではの豊かな感受性。
桜の蕾が開きはじめれば、街の風景はやわらかな桃色に変わり、「ああ、春がきたな」と感じる。いつからいつまでが春で、夏は…という決められた知識ではなく、景色の移り変わりや気候によって肌で感じるのだ。
野菜も、それにしかり。
「アスパラがすじばってきたら春の終わりを感じ、淡い色の皮が柔らかそうなピーマンを手にとって、初夏の訪れにわくわくするよね、おいしいものを食べたときには、おいしいね。そんな季節だね、と笑顔で語り合う光景が日本の食卓に広がって欲しい」と、内田さん。
「食」は、おいしくたのしく心を豊かにするもの。
「旬」を知ることで、四季を感じることの喜びや目利きの面白さ、そしてなにより野菜本来の力が最大限に発揮されたときの美味しさを感じて欲しい。その時、カラダもきっと喜んでいるはず。
次回は、どんな旬野菜が登場するのか。おたのしみに。