鉾田のメロン 親子3代にわたる農家の新たな挑戦

茨城県鉾田市
鉾田のメロン「優香」
(取材月: June 2022)
贈り物に選ばれる果物として人気のメロン。その一大産地である茨城県鉾田市では、500軒もの農家がメロンを栽培している。網目模様の美しさや香りの高さにもこだわり、50年以上にわたってメロンを育てている「ファーム長洲」を訪問、旬の味覚について取材した。

水辺に囲まれた自然ゆたかな町、鉾田

茨城県鉾田市の風景

メロンの生産量日本一を誇る茨城県鉾田市は、県の南東部に位置し、太平洋と涸沼、霞ヶ浦、北浦と水辺に囲まれている。海から伝う潮風のおかげで年間を通して涼しく、冬でも気温が下がりすぎないので、暑さ寒さに弱いメロンとの相性がよい。また、一帯に広がる関東ローム層は、水はけがよい上に保水性が高く、農業に適した肥沃な大地だ。鉾田市では昭和30年代からメロンの栽培をはじめ、生産量は瞬く間に全国トップとなった。市内には現在も500軒ほどのメロン農家があり、今年も鉾田自慢の逸品が続々と出荷されている。

甘さだけに頼らない、後味の良さと芳醇さを兼ね備えたメロン

ファーム長洲の長洲道豊さん

取材に伺った「ファーム長洲」は、この地で50年以上にわたりメロン栽培を手掛けている農家だ。特に2代目の長洲道豊さんは、鉾田市のメロン栽培を先導し、後継者の育成にも貢献してきた。そんなメロンの達人と呼ばれる父とともに働く3代目の陽介さんも、近隣の生産者と積極的に交流を持ち、飽くなき探求心でメロンと向き合っている。

ファーム長洲のビニールハウス

ビニールハウスに案内してもらうと、中では大きく実ったメロンが収穫期を迎えていた。ハウス内はじんわり汗をかくくらいの暖かさで、隙間から潮風が心地よく抜けていき、湿度を嫌うメロンにとって、過ごしやすい環境が整っている。よく見ると、立派な果実を覆うように茂る葉が、カサカサと乾燥している。「これは、ここ二週間ほど水やりをしていないからなんです。実が大きく成長した後は、水分を一切与えず収穫まで待ちます。そうすることで、糖度がぐっと上がるんですよ」と、陽介さんが教えてくれた。カットしたときに滴ってくる果汁を想像すると不思議に感じるが、水をやりすぎてしまうとぼやけた味になってしまうらしい。

ファーム長洲の長洲陽介さん

鉾田市のJA茨城旭村のメロンは、一つひとつ光センサーで糖度と熟度、水浸度を測って出荷されているため、品質が安定していて消費者からも人気が高い。しかし陽介さんは、ただ糖度が高いだけでなく、すっきりした後味と、辺りにも広がるほど豊潤な香りが伴ってこそ、最高のメロンだという。そんなバランスのよい果実に育てるため、陽介さんは日々細やかにメロンを見守っている。メロンは育てるのが難しい農作物のひとつと言われており、収穫まで一瞬たりとも気が抜けないのだ。

気配りと肌感覚を大切にした信念

メロンの葉

メロンの栽培は、苗を植えるところからはじまる。葉が増えたら親蔓を摘芯して、状態のよい蔓を伸ばしていく。この段階で、大きくて立派な葉と太い蔓を育てることが、美味しいメロンを作ることにつながるのだ。
黄色い花がぽつりぽつりと咲いたら、受粉のために蜜蜂をハウスの中に放す。ここからしばらくは蜜蜂が働いてくれるのを、じっと見守るしかないのだが、「実は毎年ここがとても不安なところなんです」と、陽介さんはいう。

メロンの花

「花粉は、寒くなると出づらくなってしまうので、急に気温が下がってしまわないか、毎日天気予報を見てはやきもきしているんですよ」
無事に受粉すると、そのうちに実がなるので、いくつかを残して摘果していく。2〜3週間たつとメロンの表面にネットと言われるおなじみの模様が現れはじめ、苗を植えてからおよそ4ヶ月くらいで収穫できるようになるそうだ。

受粉させるための養蜂箱

美しい網目模様のメロンに育てることも重要だ。他の農作物と違って贈答用として選ばれることも多いため、見た目の美しさには特に注意を払っているという。陽介さんは日々の天候を肌で感じながら、数時間単位でハウスの換気をしたりと、ていねいな気配りをしている。体感温度がいつも同じでいられるよう、毎日決まった服装で過ごすのもこだわりだ。
「着るものが変わってしまうと、その日の気温を感じにくくなってしまうんですよね。温度計なども見ますが、やはり自分の肌で温度と湿度を測ることを大切にしています」

栽培中のメロンの様子を確認する長洲陽介さん

こうして収穫期まで気を抜かずに育てても、ヒルネットといってメロンの網目が裂けたように割れてきてしまったり、大きく育たなかったりしてしまうこともある。なかでもファーム長洲がもっとも力を注いでいる黄色いメロン「優香」は、特に形よく育てるのが難しい。贈答用として出荷できる割合を表す秀品率がとても低いため、多くの農家が栽培をやめてしまったが、陽介さんは希少なブランドメロンとして「優香」を守り抜いている。

栽培が難しいメロン「優香」

「優香は、これまでのどんな知識を持ってしてもうまく育てられなくて、実は今でも毎年苦戦しています。優香の栽培をはじめて今年で7年目になりますが、未だにこうすればいいという指標は定まっていません。でも、他のメロンにはない芳醇な香りと、柔らかくて厚みのある果肉は格別。ファンになってくださる方が多いので、チャレンジを続けています」

育てる理由はシンプル。「美味しいから食べてほしい」

ビニールハウスの中のメロン栽培の様子

ファーム長洲では他にも、「オトメ」や「アンデス」、「クインシー」など、さまざまなメロンを育てている。「優香」も含めてこれらは春メロンと呼び、蔓を土に這わせる地這栽培にする。もっとも早い時期に収穫するのは、さっぱりとした味わいで小ぶりの「オトメ」。寒さに強いため、鉾田市では4月上旬ごろに出荷される。その後は甘みが強い「アンデス」、ジューシーな赤肉の「クインシー」と続き、7月初旬あたりに「優香」の収穫が終わると、今度は夏に向けて「アールス」の栽培が本格化する。「アールス」は、ムスクのような強い香りを放つマスクメロンの代表で、春メロンとは違い、立体栽培で育てるのがファーム長洲流だ。

ビニールハウスの中のメロン栽培の様子

ひとくちにメロンといっても、土の作り方や肥料の配合、適正温度などもそれぞれに違う。一つひとつ様子を見ながら関わり方を変え、品種に見合う美味しさに仕上げていく。変わらないのは、いずれのメロンも栽培の終盤からは水やりを控え、甘みがぐっとのってきたころに収穫するということだ。

箱にセットされたメロン「優香」

ちなみに、そこから追熟させても糖度は変わらない。家庭で日を置いてから食べると甘く感じるのは、果肉が柔らかくなることで、舌が甘いと錯覚するからだと聞いた。「優香」は黄色く色づいた果皮が他のメロンよりずっと柔らかいので、収穫後一週間も置くと、皮のきわまで食べられるようになる。また、冷たいものより常温程度の方が甘みを感知しやすいので、食べる数時間前に冷蔵庫でさっと冷やすくらいがちょうどよい。

鉾田のメロン「優香」

就農して今年で14年目になる陽介さんには、もっと「優香」を広めたいという思いがある。今は出荷量を増やせず希少品と言われているが、今後さらに育て方を改良して、「優香」を知らない人にもぜひ食べてもらいたいと語ってくれた。

メロン「優香」の様子を確認する長洲陽介さん

「知人から優香の苗をもらったのをきっかけに育ててみたのですが、はじめて食べた時、その美味しさに本当にびっくりしたんです。熟すと果皮が金色になっていくのも見事で、美しさもひとしおですよね。ミシュランのシェフが気に入ってレストランで出してくださるなど、このブランドの広がりも感じているので、ほしいという方のお手元に確実にお届けできるよう、研究していきたいと思っています」

収穫タイミングを伝えるメロン「優香」

「優香」は収穫の日を迎えると、ヘタの周りに果汁を出して知らせるのだという。まだうまく育てられないという陽介さんが、メロンから受け取る大切な合図だ。陽介さんがハサミでパチンと蔓を切ると、あたりに甘い香りが広がった。心待ちにしている全国のファンに届く日も、そう遠くはないだろう。

カットメロン「優香」
Writer : AYUMI YOSHIKAWA
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Photographer : SATOSHI TACHIBANA

ファーム長洲

所在地 茨城県鉾田市下太田321-2
TEL 0291-37-2844
URL https://farm-nagasu.com/

茨城県  観光情報

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