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THE ROOTS OF SHUN(October 2019)

甲州発、世界一のワインに挑む

山梨県甲州市
甲州ぶどう

(取材月:September 2019)

「日本はワインの後進国」、などと世界から揶揄されていたのはもはや昔の話。いまでは、先人らの弛まぬ努力と叡智の結晶のおかげで、日本のワインのクオリティは大きな飛躍を遂げ、ワイナリーの数も年々増加、ワインづくりの文化がしっかりと定着し始めている。

そんな日本のワイン文化を切り拓いてきたのが山梨県の甲州市。四季の変化に富んだ甲州エリアの風土は、ブドウ栽培に適した土壌であったこともあり、140年前からワインづくりがスタート。現在では、国内の約3割のワインを生産し、世界からも注目される日本のワインの銘醸地となった。

1枚1枚の紙を積み重ねるようにブドウを育てる

「今年はブドウの開花がゆっくりだったので、収穫の時期が遅いのかなって心配していたのですが、大丈夫でしたね。しっかり熟した美味しいブドウができました」。

そう言って出迎えてくれたのが、山梨県甲州市にあるワイナリー「キスヴィン・ワイナリー」の醸造責任者、斎藤まゆさん。取材に訪れたのは9月中旬、斎藤さんは、ちょうどシャルドネの収穫作業にあたっていた。

果実の大きさや色づき、そして当然その味わいを確認しては、いつ収穫するか計画を立てる。直近の天気予報と収穫をお手伝いしてくれるスタッフの人数なども考慮しながら、最終的な収穫日を決めているのだそう。1日でもタイミングを見誤るだけで、ワインの味わいが大きく左右されるという。9〜10月にかけての収穫期は、生産者は全方位に神経を尖らせている必要があるのだ。

収穫作業にも細心の注意を配る。ブドウ一房一房をつぶさに観察し、傷んでいる実や粒、細かい葉などを切り落としてからカゴに入れる。カゴに入れる際も、無造作に置くのではなくて、ゆっくりと優しい手つきで置いていく。万が一実がつぶれてしまえば、果汁が漏れて、醸造所に運ぶ間に発酵が始まってしまうからだ。

春先のブドウの剪定から、初夏の花カスの除去に、雨よけのための傘掛けなど。秋の収穫まで、1年間にわたる途方もない細やかな作業の連続を経て、ようやくワインが醸造される。

「細かいところにどこまでこだわってブドウを育てられるのか。それが全部ワインの品質につながっていきます。例えるなら、紙が1枚1枚重なっていって、最終的に1冊の本ができるのと同じ。そういう感覚でワインをつくっています」と斎藤さんが笑顔で話す。

斎藤まゆ

  • ピオーネ
  • 甲州ワイン

質の高いブドウをつくれば、醸造はシンプルでよい

「キスヴィン・ワイナリー」は、甲州市の塩山地区で、2013年からワイン醸造を開始した新興ワイナリー。点在する40ヶ所の畑を持ち、合わせて5ヘクタールの敷地で、現在は8種類の品種を栽培している。代表を務める荻原康弘さんはブドウ農家の3代目。それまでは生食用ブドウの栽培が中心だったが、荻原さんが先代から家業を引き継いだ2002年頃から徐々にワイン用ブドウへの植え替えを開始、ついには自宅の敷地を改築し醸造設備を整え、ワイナリーを創設したのだ。

「家業を継ぐまでは、モトクロスレースやバスフィッシィングのプロなどいろんな仕事を転々としてきましたが、やるからには全部一番になりたい。カリフォルニアで偶然とても美味しいワインを飲んだことがあって、それで自分もやりたいと。自分で育てたブドウで世界一のワインをつくりたいなって思いました」と荻原さんがその経緯を話す。

最高のブドウは自分が育てる。ただ、ワインにするにはそれを同じく最高の形で醸造してくれるパートナーが必要だ、ということで白羽の矢が立ったのが、当時カリフォルニア州立大学のワイン醸造学科でワインづくりを学んでいた斎藤さんだった。

在学中に構内の農場でブドウを育て、ワインをつくっていた斎藤さんが日記代わりに綴っていたブログを荻原さんが偶然読んだことがきっかけだったそうだ。

「40点とか50点レベルのブドウに醸造技術で加点して、美味しいワインをつくるのではなくて、100点のブドウを育てて、それを100点のままワインにしてくれる醸造家を探していた。彼女は醸造をメインに学んでいたのに、毎日毎日畑に足を運んでブドウを観察して、ブドウのことをよく調べていた。ブドウに対する熱心な姿勢がいいなって」。

カリフォルニアまで会いに来た荻原さんからの熱烈なアプローチを受け、斎藤さんは「キスヴィン・ワイナリー」の一員になることを決意。その後、斎藤さんのフランスブルゴーニュの名門ワイナリーでの修行などを経て、栽培責任者の荻原さんと、醸造責任者の斎藤さんとの二人三脚でのワインづくりが本格的にスタートする。

2人のワインづくりにおける信念は、「質の高いブドウさえつくれば、醸造はシンプルである」ということ。

契約しているブドウ農家さんからブドウを仕入れて、ワインを醸造するワイナリーが一般的なのに対し、ブドウづくりから醸造まで一環して手掛け、醸造責任者が日常的に畑に出向き栽培に参加するつくり方は日本の中では珍しい。

そして彼らが常に強調しているのが「つくりたいものつくる」という姿勢。その土地の気候条件などの環境によってそれに適した品種をつくるのではなくて、2人がワインにして飲みたいブドウをつくっているのだという。

「気候とか自然環境っていうのは、毎年どんどん変わっていくものなので、どの品種がどこの土地に適しているかとかは信じていない。私が修行していたブルゴーニュでも、ひょうがふったり、猛暑だったり、同じ環境であることは一度としてなかった。その都度、つくり手たちが知恵を絞って対応して美味しいブドウを育てる。その経験の蓄積が銘醸地たるゆえんなのですよ。私たちもつくりたいブドウをつくる。どうやったらそのブドウがその土地で美味しく育つのかを考えて実践することが大切だと思っています」と斎藤さんは力強く語る。

栽培責任者と醸造責任者が一緒にブドウづくりに向き合い、収穫時期も妥協することなく完全に熟すまで待つ、細かく手をかけきれる畑の規模を保つという徹底した姿勢が、当然ワインの味わいにも反映されている。

「キスヴィン・ワイナリー」は、創設からわずか数年でありながらも、世界最高峰のソムリエや国内外のシーンから高い評価を獲得。都内の3つ星レストランやラグジュアリーホテルなどに次々と採用されているのだ。

キスヴィン・ワイナリー

KisvinWinery

荻原康弘

ぶどう畑

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ワインづくりの文化が根付く甲州から世界一を目指す

収穫を迎える時期に、斎藤さんが畑と醸造所の他にも足繁く通っている場所があると案内してくれたのが、甲州市内にある山梨県産業技術センターの一つ「ワイン技術部」。

地場のワイン生産者への技術支援と醸造技術の向上を推進するために、県が運営する研究所で、収穫時期になると、周辺にあるワイナリーの醸造責任者らが代わる代わる、ブドウの果汁の成分分析をしにやってくるという。

斎藤さんも、それぞれの品種の収穫日を判断するために、こまめに果汁を持ち込んでは、専用の計測機を使って糖度や酸度などを細かい数値で確認。それぞれのバランスを考えながら、残り何日で収穫するのか計算していくのだそうだ。

「醸造責任者の勘や経験はもちろん大切ですが、数値など、科学的なアプローチも同じぐらい大切です。各ワイナリーの担当者がここに集まってくるので、ブドウの生育状況を教えてもらったり、アドバイスをもらったりと細かい情報交換もできる。地域にこういう施設があるのは本当に有り難いです」。

斎藤さんがカリフォルニアやブルゴーニュで修行していた時に、一番好きだったという光景があるという。それは、収穫時期に地域のワイナリーのスタッフが皆で集まって、出来立てのワインを振る舞いあって交流する光景だった。

「日本でワインをつくるなら、ワインをつくる仲間が周りにいて、ワインのことをちゃんと知っている人がいて、互いに切磋琢磨できるワインづくりの文化が根付いている場所で挑戦したいと思っていました。甲州にはそれがある。先人らが築いてきた下地があるから、私たちはここで新しい挑戦ができるんですよ」。

日本のワイン発祥の地で、その文化を絶やすことなく、次々と現れるワインづくりの担い手たち。「キスヴィン・ワイナリー」を筆頭に、甲州を銘醸地たらしめているのは、自然環境だけではなく、ワインを愛するつくり手らの情熱の結晶であった。

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Writer : TAICHI UEDA / Photographer : SATOSHI TACHIBANA

キスヴィン・ワイナリー (Kisvin Winery)

住所 山梨県甲州市塩山千野474
TEL 0553-32-0003
URL http://www.kisvin.co.jp/?page_id=23
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