三重の“旬”に磨きをかける養殖と加工の知恵
なかでも、その恵まれた海を活用した養殖業の発展は目覚ましく、マダイやブリ、カキ、アサリなどの魚介類だけでなく、黒ノリやワカメなどの海藻類まで、多岐にわたる海産物の養殖が各地域に定着している。
伊勢の特産品で美味しく育つ養殖マダイ
伊勢市内から車で南下すること約1時間。入り組んだ海岸線を幾度も通り抜けて辿り着くのが三重県南部の紀北町白浦地区。エリア屈指の好漁場として知られるこの町で養殖されているのが、「伊勢まだい」だ。
餌に三重県産の特産物を使用し、身質がよくさっぱりとした味わいに育てたブランド魚で、県内外で安定したシェアと人気を誇る。
「この辺りの海は、黒潮の恩恵を受けているうえに、栄養価の高い水も沿岸に流れてきていて、天然のマダイと同じような環境でマダイを育てることができるのが特長です」。
「伊勢まだい」の生産者の1人である世古昌英さんが、そう説明しながら、沖合に浮かぶ生け簀まで案内してくれた。
毎年5月に稚魚を放ち、出荷するまで2年間。成育状況ごとに生け簀を移し替えながら、およそ1.5kgに育つまで、この豊かな海域でじっくりマダイを養うのだ。健康管理には細心の注意を払っており、魚の状態に常に気を配りながら、餌やりの量や回数をコントロールする。
「水温や潮の流れなど、気候のコンディションは毎日違うわけだからね。餌の食べ方や動きなどを丁寧に観察しながら、魚の体調を予測します。調子が悪そうな時は、餌の量を調整して、常にマダイを気遣ってあげる。こればかりは人が目で見てやるしかないんです」。
この飼育用の餌に加え、出荷直前の1ヶ月前から特殊配合の餌を与えるのが「伊勢まだい」最大の特徴となる。それは、三重県特産の「海藻類」「柑橘類」「茶葉」の粉末がブレンドされたもの。これらの餌の成分が、マダイの身質を飛躍的に向上させ、「伊勢まだい」ならではの味わいをつくるのだ。
柑橘類には魚特有の臭みを抑える効果、茶葉に含まれるポリフェノールには余計な油分を落とし日持ちをよくする効果があるそうだ。さらに海藻類には、魚体の健康維持効果のほか、肉質を締めプリプリの食感へと変化させる効果もある。
「伊勢まだい」が生まれたきっかけは東日本大震災。三重県の鳥羽~紀州沿岸部も津波被害を受け、マダイの養殖業者も甚大なダメージを被ることになった。
マダイ養殖業の復興をはかるために、三重県漁業協同組合連合会と地域の生産者グループ、三重県などが一致団結して立ち上げたプロジェクトが、これまでの養殖マダイのイメージを覆す、高品質なブランド魚「伊勢まだい」だったのだ。
ブランドの立ち上げから関わる三重県漁業協同組合連合会の奥田和敬さんは、「震災を機に、このままではいけないという危機感が強まった。これまで各生産者の裁量で取り組んでいた養殖方法を生産者部会で統一させていき、品質を管理することで、価格競争に負けない、地域を代表する美味しいマダイをつくる必要があると。その一心で、試行錯誤を繰り返し生まれたのが『伊勢まだい』なんです」と、教えてくれた。
試験的に1事業者から始まったプロジェクトも、徐々に賛同者が増え、いまでは、南伊勢町、大紀町、紀北町、尾鷲市にまたがる8地区14業者による取り組みにまで広がり、年間を通じた「伊勢まだい」の出荷体制を構築するまでに成長。消費者からの評判も良好で、地域をあげて更なる販路の拡大に努めている。
“氷温熟成”がアサリの旨みをさらに引き出す
木曽三川や清流宮川が注ぎ込む伊勢地方では、生産者が手掘りで水揚げしたアサリを、最高のコンディションで出荷する加工技術にも目を見張るものがある。
訪ねたのは、伊勢市北部、伊勢湾に面する場所に工場を構えるアサリの加工販売事業者、六花社。
この周辺の海は、河川から養分が供給されることから、アサリの餌となるプランクトンが豊富にあり、成長速度がはやく身のプリッとしたアサリが育つ名産地として知られている。六花社では、そんな近海で収穫された格別のアサリを、独自の加工技術を施すことで、鮮度を最大限に保ったまま全国に出荷している。
「アサリにとっては、海水が命なんです」。
そう話す六花社の代表、肥田高嘉さんが最初に案内してくれたのが、砂抜き用の大きなプール。地下海水を掛け流しすることで、海底に近い水温を維持したまま、アサリを保管している。ストレスがかからないように新しい海水を常に循環させながら、雑菌の除去も含めて、徹底的な砂抜きをおこなっている。
「私の実家がアサリの加工場を経営していたので、子供の頃からアサリに慣れ親しんで育ちました。大切なのは、いかにアサリが育った環境に近い形で、アサリを扱うことができるか。だから海水が直接汲み取れる場所をずっと探していて、ここに工場を構えたんです」。
十分に砂抜きされたアサリはサイズごとに選別し、出荷の準備を整える。その際に六花社では、特殊な装置を使って細かい粒子のシャーベット状の氷をつくり、アサリを包み込む。こうして氷温状態(0℃以下で、モノが凍りはじめる直前の温度帯)にすることで、素材の鮮度を最大限に保ち、さらに氷温帯のまま熟成させることで、アサリの旨み成分であるコハク酸が増加するそうだ。
「昔から、我が家では、アサリを砂出しした後は、すぐに調理せずに、海水を切って一晩冷蔵庫に保管してから食べる風習がありました。経験としてこの方法で食べると、アサリがより美味しくなることを知っていたのです。鮮度を保ったまま、旨みを引き出した状態でお客さんに届けるためにはどうしたらいいかと、試行錯誤した結果、このやり方に行き着いたのです」。
食材のことを正確に理解し、その食材の良さをどうやって引き出すのかを常に考えることが、加工業者の務めだと肥田さんは語る。
恵まれた環境に甘んじることなく、さらなる美味しさを追求し工夫を重ね、新しい取り組みにも果敢にチャレンジする養殖業や加工業の人々。伊勢の漁業を古くから支えているのは、紛れもなく、そうした人々の存在であった。
伊勢まだい
情報提供:三重県海水養魚協議会(伊勢まだい生産者部会)“旬”の時期
10月~2月
目利きポイント
表皮が鮮やかで目が澄んでいるもの
アサリ
情報提供:六花社“旬”の時期
3月〜6月
目利きポイント
大きすぎないもの
殻がしっかり閉まっているもの