酒造りの原風景を訪ねて。東京日帰り「酒造」見学
外国人旅行者にはもちろん、日本人にとっても日本酒の生まれる場所は神秘的な存在だ。かつては限られた人しか入れることも許されなかった酒蔵を、一般に公開してくれる蔵元が最近は増えてきた。多摩川の上流部で江戸末期から約150年、酒をつくり続けながら多くの見学者を受け入れている石川酒造を訪ねた。
百年変わらぬ風景、いまも手造りで生み出される「多満自慢」
東京都の西部に位置する多摩地区。この地は秩父山系の伏流水という水利に恵まれ、余剰米を使った酒造りが江戸時代に始まっていた。
石川酒造の創業者13代石川彌八郎(やはちろう)は、文久3年(1863年)に多摩川の対岸にあった森田酒造の蔵を間借りするかたちで酒造業に進出。のち14代が明治13年(1880年)に現在の場所、熊川一番地に新しい酒造を建設した。
「江戸時代、ここ熊川村は徳川幕府の直轄領でした。その名主(なぬし)として石川家は代々彌八郎を名乗り、多摩川の管理や鮎の将軍献上などを任されていた古い家柄でした」と教えてくれたのは、同社社長室室長を務める橋本恭男さん。
農業と酒造の兼業は、幕末から明治にかけての激しい社会変化のなかで試みた、新しい挑戦だったといえるのだろう。
1880年に建てられた「本蔵」は、いまなお現役だ。木骨土壁構造の建物を大切に手入れし、修復をおこないながら、清酒「多満自慢」の工程の多くが現代までここでおこなわれている。昔からの慣習通り、土蔵ならではの比較的室温が安定した環境を生かしてつくる「寒造り」にこだわり続けている。
「寒造り」とは、毎年新米が入荷する秋口から作業をはじめ、3月中旬頃までの間に仕込むこと。いまでは近代的な設備のなかで通年製造を行う大手メーカーもあるが、地酒としての個性を大切にする中小の酒蔵では、石川酒造のように夏は仕込みをしないところも多い。
「昔の『寒造り』は大変な重労働でした。当社でも杜氏と蔵人は新潟の豪雪地帯からやってきて冬の間住み込みで酒をつくり、3月に『甑倒し(こしきだおし)』と呼ばれる仕事納めをして、地元に帰っていった。そのような杜氏集団(醸造技術をもった職人グループ)は、日本酒の発展には欠かせない存在だったのです」と、橋本さんは話す。
いまでは蔵人は社員、設備の進歩によって作業は楽になったといえるものの、現代でも仕込み中は昼夜を問わず、心身の力を込めて日本酒と向き合うことに変わりはない。
石川酒造では、仕込み水はすべて敷地内の地下150mからくみ上げる天然水を使う。原料の選択や精米歩合、製造工程の違いによって、多種多様な趣の酒が生まれ、「多満自慢」の銘柄だけでも数十種類を越える商品が生みだされているという。
日本酒と料理のペアリングを体験
ではさっそく、自慢の酒の数々と料理との相性を楽しんでみよう。「雑蔵」を訪ねたら、飲みたいお酒から選んでもよし、逆に食べたい料理を決めてから合うお酒をお店の人に尋ねるのもよし。味わい方は自在だ。
①「多満自慢 純米大吟醸」+もりそば
山田錦を精米歩合35%まで磨いてつくる最高傑作。華やかで繊細な味わいを楽しむために、合わせるなら淡泊な味わいのものがいい。
②「多満自慢 熊川一番地」+茄子の揚げ出し
土地の名前を掲げた純米酒。やや濃厚で、口の中で旨みが広がる感じが心地よい。地酒らしいしっかりとした味わいの酒は、幅広い和食と合わせやすく、揚げものなどとも相性がよい。
③「多満自慢 淡麗純米酒」+川海老の素揚げ
料理に合わせやすい純米酒。中辛で軽快、まろやかでキレがよい「淡麗純米酒」を、きりっと冷やしてちょっと塩気の利いた川海老などと味わうのが、夏らしい楽しみ方。
④「多満自慢 大吟醸」+合鴨焼浸し
精米歩合35%まで磨いてつくる大吟醸は、軽快な味と香りの高さが魅力。料理はすっきりとした味わいのものと合わせて。日本酒初心者の海外の方にもこのペアリングはおすすめだという。
⑤地ビール「多摩の恵」+酒粕クリームチーズとろーり唐揚げ
1998年に111年ぶりにビール製造を復活させた。「多摩の恵」の生ビール、ペールエールは豊かな香りの広がりが特徴。イギリスで主流のペールエールは、チーズやフライとの相性抜群。