革新を次なる伝統に変える、そうめん新時代の幕開け
日本有数のそうめんの郷、播州を訪れ、連綿と受け継がれるそうめんづくりの源とその進化を探った。
播州そうめんを生んだ風土の恵み
播州地区とは兵庫県の西南部、姫路市から赤穂市一帯のエリアのことを指す。南は瀬戸内海、北は但馬山地、東は六甲山と丹波に囲まれ、平野には加古川や揖保川など、いくつもの清流が注がれる自然豊かな土地だ。そうした地形と穏やかな瀬戸内の気候が、良質な小麦、塩、水をもたらし、古くからそうめんづくりが盛んになったのだ。
なかでも赤穂でつくられる「塩」の存在が播州そうめんを支えてきたという。江戸時代から続く塩づくりを現代に引き継ぐ製塩工場、日本海水の赤穂工場を訪れた。
現在、日本海水では、室内でイオン交換膜方式という最新技術を駆使し、瀬戸内海から大量に引き込んだ海水から純度の高い塩を抽出している。しかし、昭和46年(1971年)頃までの赤穂では、入浜式塩田という天日に頼った伝統的な製法で塩づくりをしていたそうだ。
「干満の差が大きい瀬戸内海の習性と雨天や荒天が少ない気候、そしてそれらを活用した先人らの知恵によって、日本で初となる安定した塩づくりがこの地で可能になったのです。当然、この塩が小麦と綺麗な水と結びついて、播州のそうめん文化が発展したことは間違いありません」と、日本海水赤穂工場の製造グループ長、坂越正幸さんがその背景を教えてくれた。
新たなそうめん文化への挑戦
播州そうめんの生産地として有名な姫路と赤穂の間に位置するたつの市。市内を縦断する揖保川のほとりで江戸時代から農業の裏作としてそうめんづくりが始まり、昔は冬場になるとそうめんの天日干しが地元の風物詩だったという。
この地でいま、新たに生まれた手延べ麺のブランドが「播磨喜水」だ。
一般的な播州そうめんよりもひと周り太い1.0〜1.5mmの麺で、小麦の芳醇な香りを徹底的に追究した今までにない麺を開発。イタリア料理や創作料理との相性も意識した斬新な発想が、注目を浴びている。
「播磨喜水」を立ち上げたのは、播磨喜水代表取締役の中島誠一郎さん。中島さんは、生産量が多い反面、低価格での流通が常態化している事実と市場全体が縮小している、そうめん市場の現状に危機感を抱いていたという。
「うどんやラーメンに比べるとそうめんは地味な存在。伝統はあるが、未来への広がりに不安を抱えていた。多様化する食文化に合わせて従来とは違うそうめん文化を発信し、生まれ故郷である播州に恩返しをしたかった」。
熟練の職人らと試行錯誤を繰り返し中島さんが辿り着いたのが、滑らかでありながらもモッチリとした食感で、食べた瞬間に口いっぱいに小麦の香りが広がるめんづくりだった。
「麺が好きな人は、小麦の風味が好きなんです。のどごしの良さだけではない、しっかりと存在感のある大胆な麺ができた」と中島さんは自信を覗かせる。
熟練の勘が随所に活きる「手延べ麺」
「播磨喜水」の製麺工場を訪れた。
工場が稼動するのは早朝4時。原料である小麦と塩水を捏ねる工程からスタートする。生地を練り上げて熟成させ、最後に乾燥させる時間までを逆算すると、おのずと始業時間は早くなってしまうのだ。
「播磨喜水」が使用する小麦は数十種類から厳選した独自ブレンド。その小麦にどのぐらいの水と塩を加え生地をつくるのかは、職人が体感で判断する。
「朝、自宅から工場に向かう道中で、その日の気温と湿度を感じ取り、工場に着く前には水の量と塩加減のイメージを固めます。あとは手で触りながら、水分が足りない場合は、桶を水拭きするなどして、湿度を微調整していきます」と、工場長の兒島千秋さんが教えてくれた。
そして捏ね上がった麺を熟成させる「うまし」と麺にねじりをかける「縒り(より)」という作業を繰り返すことで、「播磨喜水」特有のモチモチと歯応えのある麺が出来上がっていく。この工程にも熟練ならではの読みが欠かせない。
うましが足りないと延ばして行く途中で麺が切れてしまう。十分にうました麺にねじりを加えることでグルテンが交ざり合い強いコシが生まれる。絶妙なうましの頃合いをみて、適度な縒りをかける判断は長年の経験を積んだものにしかできない。
「手をかけた分だけ、美味しさが跳ね返ってくるのが麺づくりの面白いところ。いつまでたってもこれで完璧と思える瞬間がない。毎日が精進です」と、兒島さんはいう。
伝統に情熱を注ぐことで生まれる進化
「播磨喜水」の手延べ麺に魅了され、メニューに取り入れる料亭やレストランも増えてきている。
姫路市内にある日本料理店「おもてなし きこう」もそのひとつ。このお店では、「播磨喜水」を使い、地元で収穫される旬の食材と組み合わせた独創的な料理を提供している。
例えば、神戸牛と白ねぎに山椒と金箔でアレンジした温麺。「播磨喜水」の特徴である適度な弾力と芳醇な小麦の香りに、牛肉の旨味と白ねぎの食感が上品に絡み合い、経験したことがない美味しさに思わず顔がほころぶ。
「従来のそうめんとは違って、香りが抜群にいいのと、時間が経っても麺の弾力が失われずのびにくい。冬場の料理にもアレンジできる。組み合わせの幅が広がるのが嬉しい。本当にそうめんの概念が変わりました」と、料理長の安田忠正さんがその魅力を語ってくれた。
「播磨喜水」ではこうした日本料理店だけでなく、スペイン料理の人気シェフとのレシピ開発や陶芸家とのコラボレーション企画など、異業種との交流を仕掛け、そうめんの魅力を幅広い世代に伝えようと積極的に活動している。
600年の歴史を守り続けてきた伝統にまた新たな情熱を注ぐことで進化をうながす「播磨喜水」。日本随一とされるそうめんの郷の底力を思い知らされた。