山間地域と消費者をつなぐ“黄色いりんご”
なかでも「ぐんま名月」は群馬県で生まれた品種で、蜜をたっぷりと含み、甘みが強く、その糖度は15%ほどと夕張メロンやマンゴーにも並ぶ。市場に出回ることが少なく、その見た目の色から「幻の黄色いりんご」ともいわれている「ぐんま名月」を求めて、東吾妻町(ひがしあがつままち)を訪れた。
こんにゃく芋の産地で始まったりんご作り
りんご作りを始めて30年以上になるという西山剛志さんが経営する「西山りんご園」は、標高の高い山間にある。取材に訪れた11月上旬は、ちょうどりんごの収穫期。たわわに実をつけた木々が山の斜面を覆うように広がっていた。
かつてこの地域はこんにゃく芋の産地だったが、消費の減少、海外からの輸入の影響で、全盛期の8分の1にまで価格が下落したこともある。
そうした影響から農業を辞める人が相次ぐなか、こんにゃく芋に代わる農産物として、人手の足りない山間地域でも比較的育てやすいりんご栽培に、地域一体となって取り組み始めたのだという。
このあたりは東京スカイツリーよりも高い標高に位置し、夏冬、昼夜の気温差が大きい内陸性の気候で、涼しい気候を好むりんごの栽培に適しているそうだ。
「りんごの木は植えてから実が安定してつくようになるまで10年近くかかります。そこで、こんにゃく芋と並行してりんごとミョウガを試しに作り始めました。ただし結果が出るのは10年後。軌道に乗るまでは苦労しました」と西山さんは話す。
いまでは安定して生産できるようになり、りんご一本に絞って栽培している。育てているのは「ぐんま名月」をはじめ、「ふじ」や「陽光」などおよそ10種類。なかでも「ぐんま名月」はとても人気で、毎年早い時期から予約が入り、収穫時期にはほとんど売り切れてしまうという。
直接販売だからこそ完熟出荷にこだわる
りんご作りは1年周期でおこなわれる。収穫を終えたらすぐに落ち葉をかき、剪定をおこない、次の年に向けた準備が始まる。
「剪定は太陽が十分にあたり、りんごの実に栄養が行き渡るように、枝につく量を整えるのですが、りんご作りでもっとも大切な工程です。実は今でも毎年県や町で開かれる剪定講習会に参加しています。基本が肝心ですし、何より情報交換ができるのがいい」と西山さん。
何十年と続けていても、天候などに左右されるりんご作りは一筋縄ではいかないのだろう。西山さんのりんご作りに対するひたむきな思いを感じた。
5月に花が咲いたら、品質の良い実を残すために余分な花を摘み、着果量を絞る。夏になると実が肥大を始めるが、ここでさらに余分な実を摘み、成長を促す。秋になり、青色の果皮が黄色に変わり始めたらようやく収穫の合図だが、西山さんはさらに時間をかけて完熟の状態で出荷するという。
「スーパーで販売されているりんごは、流通をふまえ、完熟する直前に早摘みされますが、甘みが最高にのった完熟の状態がやっぱり美味しい。直接販売だからこそ美味しさを最大限に引き上げた上でお客様に届けることができます」。
「ぐんま名月」の特徴でもある黄色い色は、赤いりんごを見慣れた人には受け入れられにくかったため、最初は他の品種に混ぜて紹介していたという。
年を重ねるごとに「あの黄色いりんごが欲しい」というリクエストが増え、毎年売り切れるほどまでになったのだそう。今では毎年収穫の時期になると農園に足を運び、一緒にもぎ取りをするお客さんもいるのだとか。
「私たちのりんごを楽しみに待ってくださっている方がいるのが何よりの支えです。みなさん10年、20年のおつきあいの方ばかりです。喜んでくださる方の顔を思い浮かべると、りんご作りに妥協はできませんね」。
遠方への出荷の際には、手書きの送り状で発送するそう。そうしたお客様との交流が、りんご作りへのやりがいを感じられる瞬間なのだという。
もぎたての「ぐんま名月」を試食させていただいた。皮までたっぷり蜜が入った果肉をほおばると、口いっぱいにジューシーな果汁が広がる。酸味はまったくなくびっくりするほど甘い。
「『ぐんま名月』は糖度が高いので、実はアップルパイなどの加工には向きません。そのまま食べるのが一番です」と西山さんは教えてくれた。
紅葉のシーズン、名勝とともに楽しむ群馬の秋
ほぼ全てが地元で消費されているため、市場にはあまり出回らない「ぐんま名月」だが、収穫のシーズンだけは道の駅などでも購入できるという。
国指定の名勝・吾妻渓谷の玄関口にある道の駅「あがつま峡」を訪ねた。店頭に「ぐんま名月」が並ぶのはちょうど紅葉がピークを迎える11月初旬~中旬頃。
「毎年この時期には県内外からたくさんの人が訪れます。毎日さまざまな生産者さんが『ぐんま名月』を持ってきてくださいますが、すぐに売り切れてしまいます」と話してくれたのは、道の駅で駅長を務める武藤賢一さんだ。
もともと町役場で働いていたという武藤さんに、吾妻渓谷の魅力について伺った。
「雁ヶ沢(がんがざわ)から八ッ場(やんば)大橋まで、3.5kmにわたる吾妻渓谷には、国の指定名勝になった絶景スポットが10箇所もあります。特に紅葉のシーズンはおすすめですよ」。
こうした日本有数の絶景とともに、県内外から愛される「ぐんま名月」は新たな名産として多くの人を惹きつけ、群馬の山間地域を活気づけてくれている。
東吾妻町の「ぐんま名月」
情報提供:西山りんご園・西山剛志さん“旬”の時期
完熟を迎えるのは、11月中旬頃
目利きポイント
りんごの下部にあるガク片が綺麗な星形で、肌が透き通った黄色をしたものが完熟の証。