地場産のお米で育まれる淡色の月
ユニークな日本の卵食文化を支えているのは、手間ひまをかけ、生食でも食べられる安全な卵を作り続ける生産者たち。今回はそんな鶏卵農家のなかでも、自然派の卵作りにこだわる新潟県の「ひよころ鶏園」を訪ねた。
五頭山麗の自然のなかで育まれる卵
新潟県阿賀野市の山の中に「ひよころ鶏園」はある。
五つの山々が連なる五頭(ごず)連邦から脈々と流れゆく清らかな水と、緑豊かな自然に恵まれたこの土地では、新潟県特産の米はもちろん、畜産から野菜など豊富な食材が育まれている。
「ひよころ鶏園」の代表・川内寛之さんはこの地で6品種の鶏を平飼している。
川内さんは鶏卵農家でありながら、実は一般的に市販されている卵が食べられない体質。飼料に入っている人工的な添加物にアレルギー反応を起こしてしまうのだ。そこで彼が考えたのが、自然素材の飼料を自家配合し、できるだけ自然に近い環境下で卵を作るということ。
ひよころ鶏園の卵を割ってみると、一般的な卵との違いが一目瞭然。
「うちの卵は黄身の色が薄いんです。それは地元で穫れたお米を食べて育っているから。普通はエサにトウモロコシを与えるので黄身が黄色く色づいたり、着色剤を入れてわざと色を濃くすることもあるのですが、うちではそのどちらも与えていません。またビタミン剤は使わず草のみで全てのビタミンを供給しています。味は品種によって少しずつ違いますが、お米で育った鶏の卵は臭みがなくて甘みがあり、スッキリとしているので、卵嫌いの方でも食べられるという声をいただきます」と川内さん。
飼料のほか、鶏舎の床などの環境づくりにも強いこだわりを持っている川内さん。さっそく、元気の良い鳴き声を響かせている鶏たちを見せてもらうことに。
新潟県産のお米をベースにした手作りの飼料
理想の卵を作るには、エサの厳選が必要不可欠。川内さんは地場産の米をベースに大豆、ごま、かつおぶしの粉末、カキ殻、干し草、貝化石、酒粕、麦などを独自にブレンドしたものを鶏たちに与えるのだが、その配合を鶏の品種や季節、朝夕によっても変えているという。
「朝はヨーグルト、夜は籾(もみ)のまま炊いた米を混ぜるので、朝夕の餌やりごとに飼料を作ります。また、夏は新陳代謝アップ、冬は身体を温めるためにニンニクと唐辛子を追加したり、体調が悪そうな子には漢方を抽出して与えることも。それぞれ品種ごとに味の嗜好や食べる量が異なるので、それによっても飼料を分けていますね」。
こうして細かく丁寧に配合する素材の一つひとつの多くが地元で穫れるもの。出処がはっきりしている地元の飼料は安心で、輸送コストもかからない。新潟県名産の美味しい米を毎日食べられるなんて、鶏が羨ましいほどだ。
エサやりの仕方にも工夫がある。通常はエサ箱に飼料を入れるところ、川内さんはエサ箱だけでなく、あえて鶏舎の床にも直に撒いていく。その理由を聞いてみると、どうやらこの床に秘密があるというのだ。
「鶏舎の床は鶏糞と藁と干し草が混ざって出来ているんですが、全然臭わないですよね?これは床の中の菌が鶏糞を分解してくれているんです。『踏込温床(ふみこみおんしょう)』といって、床にエサを撒くことで、鶏がくちばしで土を突いたり脚でかいたりしてくれて、鶏糞と床がよく混ざり合い、菌の働きを促してくれる。エサ箱にエサを入れるほうが効率良く鶏たちを太らせられるし、飼料の無駄も防げるんですが、できるだけ自然な環境で育ててあげたくてこうしています」。
床を触ってみると手触りはフワフワでほんのり温かく、これも鶏にとっては快適なのだとか。何よりも鶏の環境のために、惜しみない手間がかけられている。
また、周りの自然環境も卵作りに一役買っている。ひよころ鶏園では五頭山の地下水がくめる井戸があり、鶏たちは毎日美味しい水を飲んで育つ。成分のほとんどが水である卵には、水が重要なのは言うまでもない。さらに、毎日午後3時ごろになると「だしの風」と呼ばれる山から吹きぬける風によって、夏でも気温が上がり過ぎず、鶏たちが暑さでバテにくいそうだ。
すき焼きにケーキ。地元で愛される“ひよころ卵“
品種によって卵の味わいにも特長がある。「名古屋コーチン」は味が淡白でさっぱりしており、お菓子作りに最適。
「軍鶏(しゃも)」は黄身が大きくコクがあり、「にいがた地鶏」はとろりとしていて甘みがある。川内さんはそうした味わいの異なる地鶏卵を5種1セットにした商品を開発中。シンプルに卵かけご飯にして、味比べするのも楽しそうだ。
また新潟県内の飲食店でも、ひよころ鶏園の卵を使った料理を味わうことができる。
阿賀野市にある「阿賀野ジャパニーズダイニング 修蔵」では、阿賀野市産の食材をふんだんに使ったランチメニュー「阿賀野御膳」が人気。
御膳のメインである「あがの姫牛のすき煮」に絡めて食べるのが、ひよころ鶏園の卵だ。お肉を食べ終わった鍋に米粉で作った麺「白鳥美人」を入れて、余った卵でとじて食べてもまた美味。
新潟市にある「喫茶 そらや」では、ひよころ鶏園の名古屋コーチンの卵を使ったケーキ「手づかみシフォン」が好評。
マスターの山田さんは「平飼いの有精卵にこだわって探していたところ、ひよころさんの卵を見つけました。雑味がなくすっきりした味わいで、膨張剤を使わずとも卵の力だけできれいに膨らんでくれます」と話す。
すっきりとした甘さのシフォンケーキはこだわりの珈琲と相性抜群。生地がとっても柔らかいので、名前通り“手づかみ”で食べるのがおすすめ。
様々な料理にアレンジされ、その強みを発揮する鶏卵。何気なく口にする料理の数々は、生産者の手間ひまが層のように積み重なり、その美味しさを創りあげているようだ。
まるで満月のように存在感を放つ卵。その一つひとつに鶏卵農家の日々の試行錯誤と丹精が込められている。