蘇ったゆりあげ港朝市で、海辺の朝ごはんを
早朝6時から活気に溢れる市場
朝5時半。名取駅から車で15分ほどの所にある「ゆりあげ港朝市」に向かう。車窓からは、未だに津波の痕跡が残る景色が目に映る。その痕跡にしっかりと目を向けながらも、海の方へと車を進めていくと、こうこうと明かりが灯る「ゆりあげ港朝市」がある。
毎週日曜日と祝日、まだ空が薄暗い早朝6時から朝市は始まる。壮大な港の朝焼けをバックに小屋が並び、その中には、常時約50軒の店が入っている。歩いているとあちこちから「おいしいよ!オマケするよ!」と威勢のいい売り文句が聞こえてくる。見ればツヤツヤとした“旬”の魚やバケツいっぱいの果物、山積みになった野菜、揚げたての惣菜などが、ところ狭しと並んでいる。どれも色艶がよく新鮮で、驚くほど値段が安い。パワフルな店の人との掛け合いも楽しく、朝から買い物欲を刺激されてしまう。
ここに来たら、買い物をしながら朝ご飯を食べるのが楽しみの一つ。ひときわ元気な掛け声が飛ぶ魚屋「ウロコ水産」の店頭に出ていた「きまぐれ丼」を朝ご飯に決めた。ご飯にのっかる具はその名の通り、店主の気分によって毎回変わるそうだ。我々が食べた丼は、秋冬が“旬”のハラコと刺し身の鮭、そして、鮭のほぐし身がたっぷりと丼ぶりを埋めつくしていた。朝ご飯を食べた後にも市場の活気は我々の食欲をそそってくれる。今度は食べ歩きグルメを楽しむ。
中にひき肉を詰めた笹かまぼこ、焼きたての味噌焼きおにぎり、お肉屋さんの揚げ物、キムチをたっぷりのせた水餃子…その途中で各店趣向を凝らした試食をつまみ食い。
お昼が近づくにつれて朝市はさらに活気を増す。海沿いには炭火で炉端焼きが楽しめる台がある。ここは、市場の魚屋で買った魚介類をその場で焼いて味わうことができ、店によっては炉端焼き用に串刺しにして用意してくれる。辺りから漂ってくるエビやホタテを焼くいい香りにつられて、我々も、近くの魚屋でサンマを買って、さっそく焼くことに。脂ののったサンマの質の良さもさることながら、海を見ながら焼きたてを頬張るのはこれもまた格別だ。
朝市の奥には木のぬくもりがあふれる「メイプル館」という建物がある。ここには地元の名産品を扱うショップや飲食店も充実していて、海鮮丼専門店「魚亭 浜や」では閖上名物の赤貝がのった「閖上巴丼」、中華粥専門店「上海邨」ではイクラや鮭、白子が入った季節限定の粥「秋の宝石箱」と、魅力的なメニューがそろっていた。ここ「ゆりあげ港朝市」は食べたいものがありすぎて、胃がいくつあっても追いつかない。
閖上にまた人が集まるように
「ゆりあげ港朝市」は昔から地元の人たちが集う名物朝市で、みんなの楽しみだった。だからこそ、震災が起こった時、地元の人たちの楽しみだった「ゆりあげ港朝市」を一刻も早く戻したいと思った、ゆりあげ港朝市協同組合の理事長であり「さくらい水産」代表の櫻井広行さんは、震災後、わずか3週間でこの朝市を復活させた。櫻井さんは、組合員に声をかけてまわり、物流が整わないなかで必死に品物をかき集めて、大手スーパーの駐車場を借りて臨時の朝市を開催した。
「避難所に行ったら飯がねぇって言って行列ができていたり、市場に行っても品物がなくて面白くないってみんなが言ったりしていた。だから1回だけのつもりでやったのよ。そしたら『次はいつやるんですか?』って問い合わせが殺到しちゃってさ。引込みつかなくなっちまった(笑)」
そして2013年12月、震災前と同じこの場所で「ゆりあげ港朝市」は本当の復活を果たした。とはいえ、かつての常連客だった周辺住民はすでに閖上の地から離れていて、朝市の再始動に不安を抱く組合員たちもいた。ただ、ここまで引っ張ってきた櫻井さんには、強い想いがあった。
「閖上に人を戻さなくちゃいけない。俺らは日本全国からお世話になったんだ。復興にかかるお金もこれまでもらった寄付金や義援金も、一生かかったって俺らには返せないかもしれない。だから、お客さんが喜ぶ朝市を続けていくんだ。そのことで、閖上をもう一度盛り上げて、住む人をまた増やすことで、恩返しするしかない」もちろん周囲からの批判の声も多かった。
「批判と賞賛の声が半分半分。『どうして朝市だけこんなに立て直してるんだ! 俺の家はどうなってるんだ!』って苦情の電話も来たよ。でも応援してくれる人もたくさんいたし、飛び込みで店を出したいっていう人も受け入れてきた。文句言ったって前に進まねえし、否定したって始まらねえもんなあ」
まっすぐな眼で語る櫻井さんは、商売にもとことんストイックだ。朝市がどうすれば楽しくなるかを常に考え、“セリ体験”や“炉端焼き”、“音楽イベント”など思いつくことは何でも実行してきた。出店する各店のクオリティが下がらないように、時には組合員に喝を入れることも。その甲斐あって、今では、2万人ものお客さんが「ゆりあげ港朝市」に訪れてくれる日があるという。
「ここほど店同士の競争が激しい朝市は珍しいと思うよ。少しでも安く売ろう、よそでは置いてない品物を仕入れよう、ってみんなが意識している。同じ品物が別の店では、さらに安く売っているなんてこともあるよ。そういうことがあるから面白いんだ。売り文句やお客さんとの掛け合いとか、店ごとに違うキャラクターもそう。朝市では店自体がイベントなんだから。モノを売るだけじゃなくて、全国から人が集まる場所を作りたい。新規の出店者も大歓迎だよ。ライバル心を持って高め合っていくことが、いい朝市を作っていくから。追い込まれないと頑張らないんだ俺ら(笑)」
各店の店主は「またここで商売が出来ることがとてもうれしい」と口々に話す。彼らが活き活きと商売する姿や、あふれんばかりに用意された品物の数々、朝市全体に満ちる熱気から、その想いが伝わってくる。少し早起きして訪れれば、絶品ご飯と買い物三昧が待っている。“早起きは三文の得”とは、まさにこのことだ。