にっぽんの駅弁。 ―岡山県岡山市「桃太郎の祭ずし」
四季折々の景色を眺めて味わう駅弁は格別であり、その瞬間にしか体験できない“旬”の旅を演出してくれる。
ユニークな桃の器で味わう地元の郷土料理
桃太郎ゆかりの地として有名な岡山県は、その伝説が残る吉備津神社(きびつじんじゃ)をはじめ、岡山城や日本三大名園の一つでもある後楽園、昔ながらの白壁の美しい町並が残る倉敷美観地区など、数多くの名所が存在し、たくさんの観光客が訪れている。
また、中国山地と瀬戸内海に挟まれ、自然に恵まれる岡山県では山の幸や海の幸を使った郷土料理が多く生まれてきた。
その一つに“ばら寿司”と呼ばれる郷土料理があるのをご存じだろうか。
ばら寿司は、新鮮な海の幸、山の幸を酢飯に混ぜた華やかな料理。岡山県では冠婚葬祭や来客の接待などで食べることが多いという。その岡山県の郷土料理、ばら寿司を駅弁として販売し、観光客の人気を博しているのが「桃太郎の祭ずし」だ。
桃太郎のイラストが描かれた色鮮やかな紙箱を開けると、桃の形を模した淡いピンク色のユニークな容器が姿を現す。
ふたを開けると、ぎっしりと敷きつめられた錦糸卵の上に大振りの具材が贅沢に散りばめられ、なんとも賑やかな彩りに心が躍ってしまう。
口に入れると、やや甘めの酢飯に具材一つひとつの味わいが重なる。煮物はしっかりと味が浸みていて、酢漬けはちょうど良い〆具合だ。どの具材も酢飯との相性は絶妙で、飽きることなく食べ進めることができる。
ユニークな桃型の器はプラスチック製なので、旅の思い出として持ち帰っても再利用もできるようになっている。岡山県を訪れた観光客のお土産としても人気で、大量に購入する方も多いというのもうなづける。
岡山県の老舗が生み出した、唯一無二の駅弁
「桃太郎の祭ずし」を製造しているのは岡山県岡山市中区に本社をかまえる三好野本店だ。三好野本店の歴史は古く、創業はなんと天明元年(1781年)。
前身は米問屋で、江戸時代に松平藩の御用商人を務めていたという。明治時代には高級旅館「三好野」を始め、蒸気船から陸蒸気の時代へと変わる時代の転換期を先読みし、岡山駅が開業した頃から駅弁を販売している老舗だ。
三好野本店の代表取締役、若林昭吾さんに「桃太郎の祭ずし」ができるまでのお話を伺った。
「私のひいひいお婆さんの代に岡山駅が開業し、その近くで “仕度所”という飲食店を併設した待合所を営んでいました。そこで、おにぎりに奈良漬けを添えたお弁当を出したのが、私たちの駅弁の始まりです。それからしばらくして、昭和38年(1963年)に岡山県らしい駅弁を作ろうと、岡山県の郷土料理、ばら寿司の駅弁『祭ずし』の販売を始めました。一般的に、ばら寿司は酢飯にいろいろな具材を混ぜ込んでつくるのですが、これだと日持ちがしないため、酢飯の上に具材を並べるようにしたことによって、ばら寿司という名前ではなく『祭ずし』という名前をつけました。その後、岡山県らしさということをさらに追及して、桃太郎にちなんだ桃型の容器を開発したことをきっかけに、名前も『桃太郎の祭ずし』に変えました」。
時代に合わせて変わり続けるロングセラー
「桃太郎の祭ずし」は酢飯にのせる食材選びにもこだわっている。
この酢飯にのせる食材は数年ごとに見直しを図っているという。現在は、海老煮、穴子煮、たけのこ煮、椎茸煮、鰆(さわら)の酢漬け、ままかりの酢漬け、小鯛の甘酢漬け、たこの酢漬け、菜の花醤油漬け、酢蓮根、紅生姜、藻貝煮、そして錦糸卵の計13種の食材を使っている。
「ばら寿司では酢飯の味やのせる具材は家庭によって違いますが、岡山県の人は特に鰆が大好きなので、酢飯に乗せる食材としては人気がありますね。鰆は岡山県の郷土料理の定番です」と、商品開発担当の俟野(またの)智憲さんは話してくれた。
「桃太郎の祭ずし」はリピーターが多いこともあって、酢飯にのせる食材のラインナップを変えるとお客様からの反響が数多く寄せられると俟野さんは話してくれた。
「お客さんからは“こんな具材を入れてほしい”とか、“あの具材がなくなったのは寂しい”とか、さまざまな声をいただきます。食材選びについては酢飯と具材のバランスや彩りはもちろんですが、こういったお客様の声を参考にさせていただきながら具材を選んでいます」。
「桃太郎の祭ずし」は酢飯と具材で構成されたシンプルな駅弁だが、50年以上もロングセラーを続けるのは、こうしたお客さんの意見を取り入れ、変化を続けることに努力を惜しまない三好野本店の姿勢にあるのだろう。
岡山駅構内にある三好野本店の売店では、「桃太郎の祭ずし」の他にも、千屋牛や備中森林鶏など、地元の食材を使った駅弁が、およそ15種類ほど販売されている。
岡山県の魅力がぎゅっと詰まった駅弁を食べながら、旅の思い出を作ってみてはいかがだろうか。