300年続く冬のおやつ、焼き芋
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江戸の風物、冬のおやつ
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焼き芋の歴史や食文化について、一般社団法人さつまいもアンバサダー協会代表理事である橋本亜友樹さんにお話を伺った。
「さつまいもは世界各地にありますが、食事として食べられることが多く、日本の品種ほど甘くないものが多いです。おやつとして食べられる甘い焼き芋には日本の品種が一番です」と、橋本さん。
さつまいもは中南米メキシコ周辺原産で、江戸時代の初め頃、琉球国、薩摩藩を経て日本各地に広まったとされる。江戸時代の中頃には関東でも作られるようになり、特に現在の埼玉県川越市周辺は焼き芋用のさつまいもを江戸市中に供給する一大生産地に発展した。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
さつまいもを蒸すのと焼くのでは、江戸っ子の好みは焼き芋のほうに軍配が上がった。寛政期(1789~1801)には、江戸の木戸番屋(各町の出口を守る門番の詰め所)が雑貨や駄菓子を売る店も兼ねていて、店の土間やひさしの下に土でかまどを作り、焙烙(ほうろく)と呼ばれる土鍋を載せてその底にさつまいもを並べ、重い木のふたをして蒸し焼きにして売っていた。
木戸番の内職仕事であった焼き芋屋は大繁盛したといい、「現代の貨幣価値に直すと焼き芋屋の売上げは1シーズンで650万円相当、江戸全体では6億円位の市場規模に達していたようです」と、橋本さんは語る。
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“儲かる”焼き芋屋の最盛期は明治時代だ。東京の下町を中心に、直径1メートルもある大かまどを三つも四つも並べて焼き芋を売る大型専業店が現れた。ところが関東大震災(1923年)が起きると、復興期の東京では新しいものが好まれ、人々の関心は洋菓子や大学いもなどへと多様化。焼き芋屋も、小さな「つぼ焼き」での小商いへと戻っていった。
戦後の石焼き芋屋から電気オーブンへ
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1941年に太平洋戦争が起こると、さつまいもは国の統制品になり、東京の焼き芋屋は廃業や休業を余儀なくされ、戦災でかまど焼きやつぼ焼きの店のほとんどが消えてしまう。1950年、さつまいもが約10年ぶりに国の統制品から解除され現れたのが「石焼き芋」屋だ。リヤカーに乗せた鉄板製の箱に小石を入れ、それで芋を焼きながら街中を売り歩くという新しい商いが考案され、1970年頃には、東京だけで1000人以上の石焼き芋売りがいたという。
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さて、焼き芋屋の長い変遷をふりかえってきたが、実は今もブームの真っ只中。石焼き芋の時代が「第3次」で、現在は「第4次」の焼き芋ブームだという。きっかけは、スーパーの店頭に小型の電気式焼き芋機が置かれ、焼き立てを手軽に買えるようになったからだ。
「もうひとつの要因はさつまいもの品種開発が進んだことです。安納いも、べにはるかやシルクスイートなど、昔と比べて格段に甘くて、ねっとりとした食感の品種が増えています」と、橋本さんは話す。

ねっとり系の甘い焼き芋の代名詞となった「安納いも」は種子島産のブランドいもで、焼くと糖度が40度近くまで上がり、“蜜いも”とも呼ばれている。しかし生産適地が限られ、味のばらつきが大きかった。そこに農研機構が開発した新品種「べにはるか」が登場し、2010年代に九州や関東各地で安定的に生産量が拡大。濃厚な甘さとクリーミーな食感で、いまでは焼き芋の定番品種となっている。
そのほか、西日本で主に栽培される高系14号(鳴門金時など)や関東で主流の紅あずまをはじめ、さまざまな品種が個性を競いあっている。
品種によって見た目も味も食感も様々な焼き芋
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世田谷区豪徳寺にある「焼き芋専門店 ふじ」では、日本全国から希少品種のさつまいもが入荷し、食べ比べができる。店長の上原浩史さんに、なかなか食べられないブランド品種を含めて、現在取り扱っている品種をいくつかご紹介いただいた。
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べにはるか
熟成させることで、ねっとりとした食感と強い甘みに変わる「べにはるか」。オーブンで焼いただけなのにこの甘さは驚きだ。生産量が多いので手に入りやすく、値段も手頃な品種だ。
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ハロウィンスウィート
種苗メーカーが開発した、鮮やかなオレンジ色が特長のさつまいも。食感はねっとりしているが、カロテンをたっぷり含んでいるので、ハロウィンのカボチャというより、ニンジンのような味わい。
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鳴門金時 里むすめ
西日本で定番の鳴門金時。そのなかでも特に徳島県里浦地区でのみつくられるブランド品種の「里むすめ」。上品な甘さで、しっかりとした食感がなつかしい、昔ながらのホクホク系さつまいも。
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ふくむらさき
今注目されているのが新品種、ふくむらさき。甘みが弱く焼き芋用途には向かなかった紫いもを改良したもので、しっかりとした甘さだ。濃い紫色はポリフェノールを豊富に含んでいるためで、風味も強い。
上原さんによると、コロナ禍以前は大勢の中国や台湾の訪日観光客も来店していて、焼き芋は日本独特の食文化として大人気だったと話してくれた。特に中国では紫いもが好まれているそうだ。
家庭でのおいしい焼き芋のつくり方
家庭で焼き芋を作る際のポイントを、橋本さんに教えてもらった。
「スーパーで売っているさつまいもは平均的に大きいので、家庭で焼くなら火の通りやすい手首サイズ以下の太さのものを選んだほうがいいでしょう。さつまいもは大きさによって味が落ちるということはありません」と、アドバイス。トースターやオーブンの設定を160〜170℃に設定し、じっくり90分〜120分くらい時間をかけて焼くと甘みが引き出せる。
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「アルミホイルに包んでもよいですが、皮が焦げるのもおいしさだと思うのでそのまま焼くのもおすすめです。焼き芋に粒マスタードをつけたり、乳製品とも相性がいいのでクリームチーズも合うんですよ、ぜひ試してみてください」と、橋本さん。
さつまいもの収穫は秋に始まるが、しばらく熟成させることで甘みが増すため、12~2月頃が最も美味しい季節。ぜひ、好みの品種のさつまいもを手に入れて、冬の味覚「焼き芋」を味わってみてはいかがだろうか。