「醤油」を知って広がる食の世界
醤油蔵の営業マン、味見サイズの醤油専門店
醤油の話を聴くため、醤油専門店「職人醤油」を運営する高橋万太郎さんを訪ねた。私たちが訪れた「職人醤油 前橋本店」には、高橋さんが日本全国の400以上の醤油蔵に自ら足を運びセレクトした、100種類近い醤油が並ぶ。全て100mlサイズの小瓶入りなのが特徴だ。
元々精密機器メーカーの営業マンだった高橋さんが醤油の世界に飛び込んだのは2006年。
「伝統産業に関わる仕事をしたい、という想いで独立しました。そのなかで醤油って、日本人に欠かせないものですが『選んで買う』ということがなされていないと気づいたんです。伝統産業は良いものをつくっても、知ってもらうところに手が回っていない業界でもある。営業の経験を元に、自分が日本中の醤油を紹介することができたら」と、高橋さん。
「職人醤油」では基本的に、味見サイズとも言える100mlサイズの小瓶しか取り扱わない。お客さんには、小瓶サイズで色々な醤油蔵の醤油を試していただき、自分好みの味を見つけたら感想を伝えつつ直接醤油蔵から購入して欲しい、というスタンス。まさに醤油蔵の営業マンに徹している。
知っているようで知らない 醤油の基礎知識
<職人醤油 醤油の6分類>
日本農林規格(JAS規格)では5分類に分けられている醤油だが、職人醤油では「甘口醤油」を「濃口醤油」の枠から分け、6分類で表現してお客さんに紹介している。それぞれの特長について教えていただいた。
1) 白醤油
素材を活かす淡い琥珀色の醤油。醤油の色が付かないので豆ごはんやお吸い物、茶碗蒸しなどに。
主原料は皮を剥いた小麦で、炒った大豆が少しだけ入っている。発酵・熟成が短時間のため色が淡い。
2) 淡口(うすくち)醤油
西日本で親しまれる淡い色の醤油。素材の彩りや出汁などを活かした料理におすすめ。
原料は小麦と大豆が1:1。発酵・熟成期間が4〜8ヶ月程と短く、塩分濃度が高め。
3) 甘口醤油
九州や北陸地方などで一般的な、甘みをつけた地醤油。海沿いの地域ほど甘みが強く、土地に根ざしている。
大豆、小麦の材料に旨み成分のアミノ酸液と甘味料を加えている。焼きおにぎりや卵かけご飯、白身の刺身などに。
4) 濃口醤油
国内の流通量の約8割を占める一般的な万能醤油。新鮮なものは綺麗な赤褐色で、全国各地で生産される。
原料の大豆と小麦は1:1。攪拌(諸味をかき混ぜる作業)をしながら3ヶ月〜2年ほど熟成させる。
5) 再仕込醤油
完成した醤油を塩水の代わりに使い、再度仕込んだ醤油。濃厚で味と香りが深く、赤身の刺身や肉などに合う。
醤油を使って仕込むため、旨みが強いのが特長であるが、その分製造に時間がかかり搾れる量も少ない。こだわりのメーカーが手がける。
6) 溜醤油
愛知、三重、岐阜の東海3県での消費が多い。少ない仕込水で旨みを強く凝縮させた醤油で、濃厚でとろりとしており、肉や魚の照り焼きに使うと綺麗な照りがでる。
主原料は大豆。大豆を潰して味噌玉にして麹をつくる。攪拌をせずじっくり熟成させる。
和食とともに、これからの醤油のこと
高橋さんが2006年から10数年、全国の醤油蔵めぐりをしている間に、約300軒の醤油蔵が暖簾を下ろした。現在営業を続けている蔵は全国で約1200軒ほどだという。
「手づくりしている小さな醤油蔵のほうが、大規模な工場でつくられる大量生産のものより凄いと思っている方も多いと思います。僕も最初はそうでした。でも知っていくとどちらの長所も短所も見えてくる。大量生産のものは品質が安定していてブレがない。逆に小さな蔵のものは良くも悪くも毎年ブレが出て、モノづくりに対する姿勢も醤油にそのまま出る。でも、そこがとても面白いと感じています。特に木桶仕込みの蔵は蔵の特徴がよく出るので、味の個性を楽しんでもらえたら」と、高橋さん。
醤油蔵のつくる醤油には、その土地の食文化に根ざした個性がある。全国的につくられている濃口醤油のほか、九州では甘いタイプの濃口、淡口、さしみ醤油が多く、西日本では淡口の需要も多い。東海地域では白醤油や溜醤油などの家庭での使い分けもある。
流通が今より発達する前は、地元の醤油蔵から購入する家庭が多かったため、今よりも醤油の個性が食卓にも現れていた。だが近年は、一番使い勝手のよい濃口醤油のみを常備している家庭も増えているのではないだろうか。
高橋さんの主催する試食イベントでも、食材によって醤油の好みが逆転し、赤身の刺身と絹ごし豆腐では、同じ人に正反対の醤油が支持されたりするそうだ。ぜひ万能な濃口だけではない食と醤油の組み合わせを試して、食の世界を広げてみて欲しい。
「『Soy sauce』は外国の方にもかなり知られるようになりました。ただ、その先の奥深さが知られていない。国内でも『万能』以外の言い方で、醤油ごとの特長や用途などの魅力をもっと伝えていかなくては」。そう語る高橋さんの穏やかながら力強い言葉に、縮小しつつある醤油の未来へ一筋の光が射した気がした。