小さな箱が魅了させる、日本の弁当文化
そうした弁当文化の魅力を探るべく、食文化に関する専門資料を多数所蔵する公益財団法人味の素食の文化センター、専務理事の津布久孝子さんに話を伺った。
時代を反映する弁当の面白さ
「いろいろな時代のお弁当を見てみると、その時代の世相や人々の暮らしといった“日本人らしさ”が映し出されていて面白いんです」と話す津布久さんは、その時代背景とともに生まれた弁当を紹介してくれた。
● 提重(さげじゅう)
「べんとう」という名称が誕生したのは安土桃山時代といわれている。近世初頭の日本では、弁当はまだ上流階級だけの贅沢品だった。花見や紅葉狩りなどの行楽の際に使用されたのが「提重」という弁当箱。提重は、取り皿、箸、酒器なども組み込まれた機能的な弁当箱であり、その限られた空間には多種多様な料理が美しく詰め込まれた。
「日本の小さな茶室が“小宇宙”と称されるように、日本文化には“コンパクト化”して楽しむという特質があります。食においてはお弁当がその最たる例です。まさにお弁当は“日本の食文化のジオラマ”といえます。ただ美味しい料理を味覚で楽しむだけでなく、彩り豊かなお弁当を目で見て楽しんだり、漆塗りの艶やかな弁当箱の触感を楽しんだりと、当時の人は五感でお弁当という“小宇宙”を楽しんでいたのだと思います」。
● 幕の内弁当
戦乱の世も終わり、平和が長く続いた江戸時代。庶民の生活も安定したことから目的や場面に応じて様々な弁当文化が開花した。
「江戸時代の人々は安定した暮らしのなか、いろいろなことを楽しんでいました。徳川吉宗公が飛鳥山に桜を植えて一般公開したことによって、桜を見ながらお弁当を楽しむ花見文化も庶民に広がっていきました。天ぷらや寿司などの屋台も多く、立ち食いなどで気軽に外食することが一般的となったのもこの時代からです。人々は食べることを楽しんでいたのではないでしょうか」。
そんな江戸時代に庶民の娯楽として最も人気があったのが、芝居見物。そこで誕生したのが「幕の内弁当」だ。「幕の内弁当」の語源は諸説あるが、芝居見物の際に“幕の内(芝居の一幕が終わって次の場面が始まるまでの幕が下りている時間のこと)”に食べる弁当という意味で名付けられたといわれている。
「現代の『幕の内弁当』に比べると、当時はご飯の割合がとても多いですよね。当時の人がお米でカロリーを摂取していたことがうかがえます。また、狭い場所でも短時間で食べやすいように、ご飯を俵型にするなどの工夫が施されています」と、津布久さんは教えてくれた。
朝から夕方まで続く一日がかりの娯楽だった芝居見物。「幕の内弁当」には、隙間なくその非日常を楽しもうとする江戸時代の人々の心が見てとれる。
● 駅弁
「駅弁」の起源は明治時代。富国強兵政策の下での鉄道開通に伴い誕生した。当時は握り飯を竹皮で包んだ簡便なものであったが、昭和45年(1970年)の大阪万博を機に、国鉄が“ディスカバー・ジャパン”キャンペーンを開始すると、鉄道を利用した個人旅行ブームが到来。
各地の素材や郷土料理・観光地などをテーマにした郷土色溢れる駅弁が次々に登場し、人気を博したと津布久さんは話す。
「お弁当って、そのお弁当に適したシチュエーションがセットとなって、より一層美味しく感じるものです。そうしたことから、その地域で食べる『駅弁』は旅の楽しみの一つともなり、今でもその人気は続いています。それと、器や食材からその地域を感じ取れることも『駅弁』の魅力ですね」。
● キャラ弁
戦後の高度経済成長のなかで、コンビニ弁当やスーパーの惣菜などの中食産業が発展し利便性を増す一方で、手作り弁当の価値が向上した。そうしたなか、りんごをうさぎ型にしたり、ウインナーをタコ型にしたりといった遊び心がさらに進化し、ご飯やおかずを使って動物やアニメのキャラクラーを表現した「キャラ弁」が誕生。
「『キャラ弁』が生まれた背景には、可愛らしいお弁当を作る楽しみ、今ではそれをSNS等に掲載して他人に見せる楽しみなど、作り手自身のための楽しみだけでなく、食べ手に喜んでもらいたいという気持ちが存在します」。
弁当はいわば、作り手から食べ手へのおもてなし。いつの時代においても弁当は、人と人をつなぐコミュニケーションツールになっているのかもしれないと津布久さんは話す。
海外の人を魅了する日本の「BENTO」
小さな箱に色鮮やかな “日本らしさ”を詰め込んだ日本の弁当文化は、海外でも注目を集めていると津布久さんは話す。
「2015年に開催されたミラノ万博で私たちは日本のお弁当のサンプルも展示しました。お弁当に対する海外の人の反応は非常に良く、特にキャラ弁や3段重ねの重箱弁当などが彩り豊かで少量多品種である点で『日本人らしい』『食べてみたい』と、人気を集めました」。
時代の変遷とともに発展してきた弁当文化が「BENTO」となった今、この先どのように発展していくか楽しみだ。