“旬”の野菜で身体に自然のリズムを取り戻す ―八百屋「瑞花」矢嶋文子
「一年の中でもっとも美味しく、栄養価も高い“旬”の時期の食材を食べることは、身体を自然のリズムの中に取り戻すこと」と話すのは、東京・神楽坂で小さな八百屋「瑞花」を営む矢嶋文子さん。彼女が伝えたい“旬”の野菜を食べる大切さとは。
日々の食事の積み重ねが身体をつくっている
神楽坂上交差点近くに店舗を構える八百屋「瑞花」。矢嶋文子さんは、かつて食生活に気を配る暇もないほど忙しく働くキャリアウーマンだった。ある日、食の大切さを実感した矢嶋さんは東京・築地にある青果卸店「築地御厨」での修業を経て、2009年に小さな八百屋「瑞花」を開業した。
「あるとき、日々食べるもの一つひとつによって自分の身体がつくられていくことを意識したら、すごく恐ろしくなって(笑)。例えば女性は化粧品にお金をかけるけれど、そもそも肌そのものがきちんと調っていないと意味がありません。その肌をつくっているのは細胞であり、その細胞の材料、つまり食事がちゃんとしていないと良い細胞はつくられないんです。そのことをみんなに伝えて、人を元気にしたいと思ったのが八百屋をやり始めたきっかけです」。
「瑞花」には、全国各地から取り寄せた “旬”な野菜だけが並んでいる。“旬”の野菜を食べて「季節を身体に取り込む」ことで、自然と体調や心が調うのだと矢嶋さんは話す。
「例えば、寒い時期から暖かい時期に移り変わる季節の身体は、真冬に貯めた老廃物をどんどん流したくなります。だから酸味のあるものや生の葉野菜でスッキリしたり、山菜の苦味が刺激となって美味しく感じたりします。『味覚』って美味しさを感じるだけじゃなく、実は身体が求めているものかどうかを判断する感覚でもあるんです。日々の中で季節を感じる感性と、身体に染み込む、欲していると感じるような「美味しさ」を意識しないと、『味覚』もマヒしてしまうんだと思います」。
二週間ごとに季節が移り変わる「二十四節気」
季節といえば「春・夏・秋・冬」の四季で区切るのが一般的だが、矢嶋さんは一年を24に区分する「二十四節気(にじゅうしせっき)」という太陽の動きをもとにした暦が自然の感覚に一番合うという。二十四節気によれば季節は約二週間の単位で変化していくことになるが、これは野菜の“旬”の期間とも重なるのだそうだ。
「季節って春夏秋冬だけではもちろん語れないし、仮に1ヶ月毎に12で区切っても、3月の初旬と下旬ではまったく気候も空気も変わるから、それもちょっと違う。おもしろいことに、畑における野菜の一番美味しい“旬”の時期ってだいたい二週間なんですよ。うちで扱っている野菜も二週間ごとに産地が変わって、そのとき“旬”を迎えた各地の野菜を並べています」。
矢嶋さんのお店では、二十四節気に合せた“旬”野菜の情報を掲載したプリントを作成し、お客様にお伝えしている。そのなかから、矢嶋さんに二十四節気に合わせた“旬”野菜について、二つほどピックアップして教えてもらった。
春分(3月21日~4月4日ごろ)「トマト」
「トマトは夏野菜のイメージが強いけれど、それは一番多く出回る“盛り”の時期が夏だから。“盛り”と“旬”は必ずしも一緒ではないんです。水分が多くて飲むように食べられる夏のトマトも美味しいですが、春のトマトもキュッと身がしまって旨みもあります」。
処暑(8月23日~9月7日ごろ)「枝豆」
「枝豆は秋口のもののほうが、豆がふっくらしていて固くて味が濃い。枝豆といえば、真夏にビールと一緒につまむイメージがありますが、“旬”の時期に豆の味をじっくりと味わうのもおすすめ」。
「もちろん、日本は南北に長い地形をしているので、産地によって“旬”の時期も異なります。筍なんかは九州では3月くらいから出始めるけど、福島のほうだと4月の終わりから5月近くになります。日本って美味しい野菜を長く楽しめるいい国ですよね(笑)」。
日々の生活のなかで季節を感じてみること
“旬”の野菜を身体が欲する感覚や美味しい野菜を見極める矢嶋さんの目利き力は、「築地御厨」での修業中に毎日朝日を見ていたことで養われたのだという。
「朝日を浴びると身体にいいっていうのは、脳を刺激してくれるだけじゃなくて人の感覚も研ぎ澄ましてくれるからだと思います。『築地御厨』では夜中の2時から仕事をしていたので、毎日朝日を目にする機会がありました。太陽の出る時間帯の変化から季節の移り変わりを肌で感じるうちに、感覚がすごく繊細になって『あ、こういうものを食べたい』ということをおのずと思うようになってきました」。
日々の生活のなかで季節を感じ、自然のリズムに合った食べ物を食べることで身体を元気にする。矢嶋さんはこれからもこうした日々の生活のなかにある大切さを伝えていきたいと話す。
「今、昼も夜も会社の中で過ごすような生活をしている人が多いと思うけれど、朝起きて朝日を浴びたり、天気を感じたり、街にどんな花が咲いているか見てみたり、積極的に季節を感じてみてほしい。そうすると身体がどんなものを食べたいと思っているのか、わかるようになってくるから。いつか食べることで人を元気にする、“食のお医者さん”みたいなことができたらいいなと思っています」。