長野県の郷土食「おやき」を全国の日常食へ。いろは堂の挑戦

おやきを全国の日常へ。おやきメーカーの挑戦
長野県には名物グルメがたくさんあるが、昔ながらの「おやき」もその一つ。小麦粉やそば粉を使った生地に具材を入れた食べ物で、具は野沢菜やねぎみそ、あんこなどが定番だ。もともとお米がとれない山間の地域で発祥し、家庭料理として県全体に浸透したと言われるおやき。現在では手づくりする人こそ少なくなったが、食べる文化はしっかりと残っており、スーパーやコンビニでも見かけることができる。

長野にはいくつかのおやきメーカーがあり、1925年に創業した「いろは堂」もその一つ。
「いろは堂はもともとパンと和菓子をつくっていたのですが、1960年代からおやきの製造をスタートしました。当時はおやきが“つくるもの”から“買うもの”へ変化するタイミングだったり、観光資源としても押し出していこうという流れがあったんだと思います」と話すのは、四代目代表取締役社長の伊藤拓宗さんだ。

2022年に「OYAKI FARM」が開業するなど、おやき業界に新風を吹き込んでいるいろは堂。伊藤さんはおやきの可能性を広げ、現代の生活でもたのしめる食文化として発信していきたいと話す。

「おやきって純和風の建物の中で、囲炉裏を囲んでお茶と一緒に食べる、というようなイメージがあると思います。そういった原風景は大切にしつつ、現代ならもっといろんなシーンで食べてもらいたい。おやきは野菜が手軽にとれる軽食でもあるし、ビールのおつまみやコーヒーに合わせてもいい。おやきのアイデンティティは守りながら、新しいたのしみ方を提案できたらと思っています」。
一つずつ手で包む。野菜をたっぷり使ったいろは堂のおやき

長野市篠ノ井にあるOYAKI FARMを訪れると、おやきの素朴なイメージを一新するような空間が広がっていた。長野県産の木材を使った建物は、美術館のように美しい。ショップにはおやきやグッズが売られているほか、おやきを使ったオリジナルメニューが楽しめるカフェも。奥には工場見学ができるガラス張りの通路や、おやき作りを体験できるワークショップのスペースもある。

工場では1日に8000〜14000個のおやきを製造する。具材となる野菜の調理から、生地の製造、おやきを包む工程まで、意外にも人の手で行われる工程が多くて驚く。

たとえば野沢菜は30分以上茹でてから塩分を落とし、食感が悪くならないよう余分な部分を目視で取り除くなど、細かい作業まで手を抜かない。

いろは堂のおやきの特徴の一つが、モチモチ食感の生地だ。材料となるのは小麦粉と強力粉、そして全粒をひきこんだそば粉。パンを製造していた技術を活かし、水分率を高くすることで独特の食感をつくり出している。

野菜のおやきは全量手包み。一個につき約20秒という速さで次々に包まれていくが、生地が柔らかいうえ、具と生地の割合が1:1という比率なので、破れないように包むのは至難の技。習得までには1年ほど時間がかかるそうだ。

その後、大豆油で1分半ほど揚げてから焼き上げの工程へ。焼き上がったら急速冷凍され、翌日梱包をして各所に送られるという流れだ。工場を案内してくれた工場長の塚田勇希さんは「野菜は長野県産を中心に全国から仕入れています。つくる工程を見ていただくと、ここまで人の手でやっているのかと皆さん驚かれますね。工場見学はいつでもできるので、ぜひ来ていただけたらうれしいです」と話す。
今後の100年。おやきを全国の日常へ。
おやきを食べるシーンを広げたいと、OYAKI FARMのカフェにはユニークなメニューが並ぶ。粒あんのおやきを半分に切り、長門牧場のミルクアイスをサンドした「おやきアイスサンド」は、ミルキーなアイスがあんこと相性抜群。おやきに合うようにブレンドしてもらったというコーヒーも一緒にたのしみたい。

またおかず系のおやきは、お酒のおつまみにも最適。OYAKI FARMでは、商品にならなかった野沢菜のおやきを原材料に使った「OYAKI LAGER」というおもしろいビールも味わえる。

見せ方は工夫しつつも、いろは堂がつくるおやき自体はあくまでもクラシックにこだわる。「野沢菜」や信州味噌を使った「ねぎ味噌」といった、昔ながらのラインナップは崩さない。

「最近は信州牛やジビエを使った洋風のおやきをつくるところもありますし、基本的に何を具材にしてもおいしいのですが、おやき文化を広めていくうえで、『おやきってそもそも何だっけ?』となっては良くないと思っていて。長野の郷土食というアイデンティティは残しつつ、県外でも日常的に食べていただける。そんな食べ物になったらいいなと思っています」。伝統の郷土料理を日常に届ける挑戦から、今後も目を離せない。