登録無形文化財「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)」

春の生菓子
(取材月: February 2023)

登録要件
「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)」の登録要件

令和4年10月、「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)」が文化庁の審査を経て登録無形文化財に登録された。「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)」とは、花鳥風月など季節の風物や日本の習俗などを色形で表現し、その意匠に名前が付けられた生菓子のこと。日本の伝統的な食文化として江戸時代から親しまれてきた生菓子の、意匠や名前の美しさ、またそれを繊細かつ巧みに表現する職人技の素晴らしさが評価されたのだ。世界に例を見ない日本ならではの感性を表す生菓子の「餡」と「四季の生菓子」について、全国和菓子協会と文化庁の協力を得てご紹介する。

餡について

こし餡

●こし餡

豆の種皮部分を取り除いた「こし餡」は、豆成分の約60%を占めるデンプンを包み込む「餡粒子」が形成されるため、粘性が無く、口中で溶けるような滑らかさを持っている。その「餡粒子」を壊さないように取り出して、糖蜜で覆った状態を作り出したものが「こし餡」である。

●加工餡

「こし餡」は滑らかであるがゆえに生菓子に加工することが難しい。その「こし餡」に粘性のある薯蕷(じょうよ:つくね芋などのこと)を加えて作られるのが「薯蕷つなぎの煉切餡」である。加工餡には、他に「こし餡」に求肥を加えた「求肥つなぎの煉切餡」、小麦粉や米粉を加えて蒸しあげて作る「こなし」と呼ばれるものがある。

四季の生菓子

●春の生菓子「桜」

「桜」の生菓子は作りだす造形により、「初桜」「深山桜」「山桜」「花衣」「花の袖」「ひとひら」「花時雨」「花筏」「花車」「花の宴」「らんまん」「佐保姫」「吉野」など数多くの桜にまつわる情景を映し取った生菓子が作られる。

桜で使われる小道具

●「桜」で使われる小道具

「三角べら」と「丸棒」など

●夏の生菓子「あやめ」

「菖蒲(あやめ)」は同種類の花も含めて「あやめ」「はなしょうぶ」「かきつばた」「唐衣」「一紫」や「端午」など菓銘もいろいろ。形や色合いも作り手の個性により変化する。

あやめで使われる小道具

●「あやめ」で使われる小道具

「布巾」と「三角べら」

●秋の生菓子「菊」

「菊」は秋を代表する花の一つであり、「乙女菊」「延年菊」「玉菊」「白菊」「八千代菊」「糸菊」「光琳」「まさり草」「よわい草」「野菊」「残菊」「乱菊」「重陽」「千代の香」「はさみ菊」など菓銘により様々な形に作られる。

菊で使われる小道具

●「菊」で使われる小道具

「ハサミ」と「しべ押し棒」

冬の生菓子 菓銘「寒椿」

●冬の生菓子「寒椿」

寒気の厳しい最中に、ほっと暖かさを感じさせてくれるような早咲きの椿は、「寒椿」「冬椿」「侘助」などの銘を付して作られる。

寒椿で使われる小道具

●「寒椿」で使われる小道具

「玉子型押し棒」「しべ押し棒」

登録無形文化財に登録された「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)」の魅力について、その想い

今回、「菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)」の登録無形文化財の登録にあたって尽力された、全国和菓子協会の藪光生専務理事と文化庁の朝倉浩子さんのお二人にお話を伺った。

藪光生さん

「和菓子は千年を超える歴史の中で、日本人の生活文化と共に育まれ、親しまれてきたものですから、饅頭、団子、大福、羊羹、最中など数多くの種類がある中で、和菓子を代表するものの一つである『菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)』が登録無形文化財と認められたことは、和菓子は季節感を表すことが大切と思っているだけに大きな喜びです」と、藪さん。

藪さんによると、和菓子の世界における季節感には、桜餅や柏餅のようにその時期だけに販売される季節感と、『煉切餡』や『こなし』を原料として季節の移ろいを表現して作られる生菓子の季節感の二つがあるという。いずれも和菓子にとってなくてはならない大切な要素だ。また、一つひとつの生菓子に菓銘が付けられる文化も日本独特のものであるという。

菓銘「舞桜」

「例えば桜の花を形どった生菓子でも、作り手の個性によって様々な形に作られ、その形に応じて『桜』『吉野』『深山桜』『乙女桜』『花衣』『朧桜』などの菓銘が付けられるのですが、そうした菓銘から感じられる様々な情景や余韻を楽しんで頂くのも和菓子の魅力のひとつだと思います」

季節感を表す生菓子の魅力について語ってくれた藪さんに対して、今回の文化財登録に携わったメンバーの一人である文化庁の朝倉さんは、工程の重要性についても教えてくれた。

朝倉浩子さん

「今回の文化財登録では、生菓子における餡作りの工程と手技や小道具を用いてさまざまな意匠を表現し、菓銘を付す工程に着目をしています。煉切やこなしと言えば、主に見た目の美しさの印象が強いですが、原料豆からのこし餡作りや薯蕷・求肥の添加による加工餡作りにも高い技術力が必要とされます。丁寧に作られた餡をもとに、職人は繊細な手技を用いて、藪さんがお話してくださった季節の風物等を表現します」

文化庁発行 登録無形文化財「菓銘をもつ生菓子」

「文化財登録を機に『菓銘をもつ生菓子(煉切・こなし)』の素晴らしいわざをより幅広い層の方に知っていただければ嬉しいです。今回、わざの保持団体として認定を受けた優秀和菓子職会は、創作技術を評価する厳しい認定審査に合格した和菓子職人やその指導者により結成された団体です。これまでも普及啓発活動を精力的に行っている団体であり、今後の活動にもぜひご注目いただきたいです。文化庁でも引き続き優秀和菓子職会のみなさまの活動をサポートしていきたいと考えています。登録無形文化財の制度が設けられてから、これまでに『伝統的酒造り』や『京料理』が登録無形文化財として登録されました。このほかにも、日本にはまだまだ素晴らしい技術や芸術性をもった食文化があふれていると感じています。食文化を担う新しい部署として、これからも古き良き伝統を大切にしながら、さまざまな形で国内外に発信できるよう頑張っていきたいと思います」

小さな形の中に季節を映し取ったかのような生菓子。そこには、原料となる豆の生産者、生菓子職人、継承活動に取り組む人、そして消費者等、生菓子を愛する人々の想いが詰まっている。忙しい毎日を送る現代人であればこそ、ひと時、生菓子を通して季節や伝統文化に思いを巡らし、お茶と生菓子がもたらす温もりの時を感じていただきたい。

菓銘「梅見酒」

Writer : SHUNGATE編集部
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Photographer : YUTA SUZUKI

優秀和菓子職会

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文化庁

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URL https://www.bunka.go.jp/

プロフィール

藪光生 Mitsuo YABU
1978年東京和生菓子商工業協同組合専務理事に就任と同時に全国和菓子協会専務理事に就任。和菓子の啓発をはじめ、和菓子店の経営指導、製造技術の振興、共同購入や業界活動広報PRに力を尽くす。現在、全国和菓子協会筆頭専務理事、優秀和菓子職会役員(全国和菓子協会担当)、東京和生菓子商工業協同組合相談役理事、全日本菓子協会常務理事政策委員、全国豆類振興会広報PR委員長、日本菓子教育センター理事長代行、専門学校講師などを歴任。

プロフィール

朝倉浩子 Hiroko ASAKURA
文化庁参事官(食文化担当)付文化財調査官。2020年7月、文化庁参事官(食文化担当)付文部科学技官として着任。大学院を修了後、高等学校教諭、農学生命科学研究科特任研究員を経て現職。
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