歴史は100年以上。老若男女に愛される庶民のおやつ「たい焼き」
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海外にもファンを持つ素朴なお菓子
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たい焼きは江⼾時代から⾷べられていた今川焼きから派生したと言われ、誕生したのは明治時代。その生みの親とされるのが「浪花家総本店」の初代、神⼾清次郎だ。
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「初代はもともと神戸出身。大学進学を機に上京し、兄弟で明治42年(1909年)に大衆食堂を開いたのがはじまりと聞いています。お店で今川焼きからヒントを得て、たい焼きを作り始めました。なかなか売れず、亀や飛行船など、さまざまな形にして焼いてみるなか、鯛の形に焼いたらこれが飛ぶように売れたとか。“めでたい”にあやかる縁起物として人気が出たのでしょう」
そう話すのは「浪花家総本店」の4代目店主、神戸将守さん。初代は日本橋、九段下に店を構え、その後は都内に150店舗ほど出店するまでに至ったそう。
「今でいうフランチャイズですよね。高級で庶民はお祝い事のときにしか口にすることのできなかった鯛を取り入れるなど、なかなかの行動力と発想力だと思います」
麻布十番に店を構えたのは昭和23年(1948年)頃とのこと。昭和50年(1975年)には、童謡「およげ!たいやきくん」の爆発的なヒットで、たい焼きの人気は急上昇。歌詞に登場する“店のおじさん”が三代目店主の神戸守一さん(将守さんの父)と言われたことから、店の知名度も一気に上がったそう。
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「今では、アジアだけでなくアメリカやヨーロッパなど、海外にもたい焼きファンが多く、ニューヨークでは『TAIYAKI』で通じるらしいですよ。有名なロックバンドのエアロスミスはメンバー全員がたい焼き好き。日本で公演をしたときに、コンサート会場で焼いてほしいという依頼があって、うちからのれん分けした大阪の店舗が楽屋に道具一式持ち込んで、その場で焼いたことも。そうしたビッグスターも近所の小学生も同じように1匹180円で食べられて、みんな笑顔になれる。それがたい焼きの良さだよね」
身につけるのに3年かかった、一匹30秒で手早く焼き上げる絶妙の技
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たい焼きファンの間では、1匹ずつ焼くものを「天然もの」、複数焼ける型で一度に焼くものを「養殖もの」と呼び分けているが、浪花家総本店は「⼀丁焼き」スタイル。
ハサミの先に鋳型が付いたハシモノと呼ばれる器具を使って1匹ずつ焼いていく。生地には余計な味付けは一切せず、⼩⻨粉を⽔で溶かすだけで、薄く焼き上げるのが特徴だ。

「一丁焼きの良さは熱が入りやすく、カリっと焼けるところ。焦げもできるけど、それがまた味になる。生地は薄力よりの中力の小麦粉を氷水で冷やしながら溶き、手早く延ばしていきます。その生地をあんこに絡めるように薄く乗せ、押し付けるように一気に焼きます」
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1匹焼くのに30秒。型のどのあたりにどのくらいの生地を流し込んで、あんこはどのくらい乗せるかは、経験で身につける技。
「自分も親父と同じように焼けるようになるまで3年かかりました。今では、呼吸をするのと同じように、何も考えずに身体が動くほど、その技は全身に沁みついています」
8時間かけて炊き上げるあんこのこだわり

たい焼きの主役、あんこは口当たりのいいなめらかな粒あんに使用しているのは北海道十勝産の小豆。農家から仕入れた厳選された小豆を毎日150kg、たい焼き約2000個分を8時間かけて炊き上げる。
「たい焼きに似合うのはある程度アクのある小豆。でも、最近の小豆はどれも上品な味になってね。品の良い小豆からいかに野性味を引き出すかが重要。豆の状態やそのときの湿度、気温によって水分量など炊き加減は毎回変えています。自分は30年以上、小豆を見てきたけれど、どうも日照りが続いたなど不作のときほど豆の味が濃くて美味しいんだよね。豆が『負けねぇぞ!』と言っているような、生命力を感じるんです」

小豆を美味しいあんこに変えるその過程ひとつひとつにもこだわりが。
「小豆は水から一気に炊いていきます。そうすることで綺麗な赤い色になる。じっくりと炊くことで小豆の皮が口に残らない、こしあんのようななめらかな粒あんに仕上げるのがコツ。甘さの加減は、自分の味覚頼み。塩をほんの少量加えて味の輪郭を整え、そのとき、自分自身が『美味しい!』と思える甘さに調整しています」
こだわりのあんこはそれだけで評判も生み、六本木の有名料亭のデザートとしても使われているそう。
代々愛されるたい焼きを目指して
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平日でも途切れることなく、1匹180円(※3月1日〜200円)のたい焼きを求めに多くの人が足を運ぶ「浪花家総本店」。お客の顔ぶれは小さなお子さん連れの家族もいれば、観光客や箱買いする若い男性の姿も
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「うちのたい焼きは焦げもあるし、あんこもはみ出している。決してきれいなたい焼きじゃない。だからこそ、みんなが親しみを持って気軽に食べられるんですよね。中には、昔、お母さんに手を引かれながら買いに来ていた男の子が、所帯を持つまでに成長して、自分の子どもと買いに来てくれたなんて人も。2代、3代といらしていただけるなんて、老舗冥利に尽きます。うちで働いている職人たちも、いずれ独立してそれぞれの場で美味しいたい焼きを焼き続け、活躍してくれたらありがたい。お客さんも、たい焼きを作っている人もみんなが幸せになる。それが理想です」
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歴史も味へのこだわりもありながら、気取らずに食べられる庶民のおやつ、たい焼き。最後に神戸さんにおすすめの食べ方を聞いてみた。
「僕はアツアツの状態よりも、少し冷めているほうが、あんこの味をじっくりと味わえる気がして好きです。家に持ち帰ったらトースターなどで皮がカリっとするまで焼く。それを牛乳と一緒に食べるのがお気に入り。ぜひ一度試してみてください」