風土と人が作り出す美しい日本の椎茸
自然と向き合う原木栽培から生まれる美味
大分県での椎茸栽培の歴史は江戸時代初期の17世紀ごろにまでさかのぼるといわれている。今では、クヌギを利用した原木栽培という椎茸栽培が盛んに行われている。
原木栽培とは、クヌギなどの原木に椎茸菌を打ち込み(この木をホダ木と呼ぶ)、ホダ場と呼ばれる自然環境が整った林内で椎茸を栽培する方法のことをいう。この自然と向き合って栽培する原木栽培は、気象条件などによって収穫量などの影響を受けてしまう苦労の多い栽培方法だが、その苦労がある故に、肉厚、味,香りの良い椎茸が生長するのが特長だ。
また、収穫の時期によって味や食感の違いを楽しめるのも原木栽培の特長である。春に収穫する椎茸を“春子”といい、秋に収穫する椎茸を“秋子”という。“春子”は、ゆっくりと原木の栄養分を吸収し、香りが強く、味も凝縮された椎茸ができる。“秋子”は秋の気温を浴びることで身が大きくなり、柔らかい食感の椎茸ができる。
「大分県では、海抜1メートルから700メートル以上の山間部まで、その地域の風土に応じて様々な品種の椎茸栽培が各地で盛んに行われています。特に大分は他の地域に比べ品種も多く、全ての品種を数えると約35品種の栽培が行われています」。大分各地から集まった椎茸が、豊かな香りを放つ椎茸市場の中で、大分県椎茸農業協同組合(オーエスケー)の渡辺さんは大分県の椎茸について説明してくれた。
「私たちの組合で扱う椎茸は、ほとんどがクヌギを使用した原木栽培のものです。また、市場で並ぶ椎茸は、品質を保ち、鮮度を下げないよう保冷庫で保管しています」
椎茸は品種以外に、傘の開き具合によって冬菇(どんこ)・香信(こうしん)などといった種類にも分けられる。この傘の開きは数時間の収穫時期の差で採れるか採れないかが決まる場合があるという。傘が閉じた状態で収穫された肉厚の冬菇と、傘が開いた状態で収穫された、冬菇に比べ厚みが薄い香信。特に、表面が亀の甲羅の様にひび割れた冬菇は高級品として珍重されている。我々が伺った時の市場でも、最も評価が高かったのは見た目も美しい花冬菇だった。これからの寒い時期は、椎茸の表面に亀裂が入りやすくなり、白い肌の美しい冬菇が育ちやすくなるという。
椎茸の“旬”は時間単位で作られる
大分では、椎茸の生産者を“なば師”と呼ぶ。その“なば師”の中でも、椎茸作りの名人と地元でよばれ、品評会で農林水産大臣賞等、数々の賞を受けている生産者、小野九洲男さんのもとを訪ねた。小野さんのホダ場は標高500m以上の山の中にあり、我々が着くと、牛の鳴き声が出迎えてくれた。小野さんは椎茸栽培の他に、畜産も営んでおり、この牛が原木林の手入れには重要な役割を果たしてくれるという。牛を放牧することによって、ホダ木の草を食べてくれるので、良質なクヌギ林が育つというのだ。
山間部の奥深くに向かって歩いていくと、幾つものホダ場が点在し、その一つに小野さんのホダ場がある。そこには、圧倒的な数のホダ木が丁寧に並べられた光景が目に飛び込んできた。この数の一本一本のホダ木を見てまわり、一つひとつの椎茸を丁寧に収穫していく作業を想像すると目眩すら感じてしまう。
小野さんはホダ場の手入れを欠かさない。特に春と秋の収穫の時期は、天候に細心の注意を向けるという。原木栽培の椎茸は、温度や湿度の外的条件に影響されやすく、たった一夜の気温の変化や、少しの雨で形や質に大きな差が生じるためだ。
「ホダ木に刺激を与えると、菌が活性化して椎茸が生えてくるので、一つひとつハンマーで叩いたり、天地をひっくり返したりして手入れをしています」と小野さんはホダ木を手慣れた手つきで、ひっくり返しながら説明してくれた。
収穫の時期ともなると、わずか数時間の収穫差で良い椎茸になるかどうかが決まるため、一つの椎茸を獲るために朝、昼、晩はもちろん、夜中でも懐中電灯を片手にホダ場へ足を運ぶほど、気を使っているという。
そして、乾燥にも小野さんのこだわりはある。一般的に椎茸の乾燥は、変色を防ぐため日光ではなく乾燥機で行うとのことだが、小野さんは天日にもかける。「天日で干しすぎると傘の色が変わって商品としての価値は下がってしまう危険はありますが、少しでも天日に当てることで椎茸の味が格段に良くなっていきます。だから、天日干しの時は、椎茸の状態を細かく見ながら慎重におこなっています」
収穫、乾燥など、その一つひとつの手間を惜しまない時間単位での作業は、全ては良質な椎茸を生産するために行っている。まさに椎茸の本当の“旬”は時間単位で作りだされていることを目の当たりにした。
そして、この小野さんの椎茸作りへの日々の営みは、機械を使ったオートメーション化では到底辿りつけない領域であり、我々は小野さんの椎茸に向ける純粋な眼差しから、日本のモノづくりの本質を感じた。
多種多様な椎茸料理が味わえる大分県
我々が取材の際に立ち寄った、大分県の原木栽培の椎茸が堪能できる店を2つ紹介しよう。
まず、最初に訪れたのは小野さんのホダ場から数分のところにある2003年に地域活性化の拠点として開設された農産物直売所「里の駅やすらぎ交差点」。
ここでは原木栽培で収穫した様々な椎茸料理が味わえる食堂がある。いくつかの椎茸料理を堪能させていただいたが、そのなかでも「原木どんこ寿司」はおすすめの一品だ。冬菇椎茸をそのまま太巻きにした寿司で、ほどよくさっぱりとした味わいに、美味しい椎茸の香りと食感が楽しめる。
そして、次に訪れたのは、大分県の中央に位置する温泉地としても有名な由布院の「亀の井別荘 湯の岳庵」。
由布院の趣のある街並みは、日本人だけではなく、海外の人までも魅了し、日々、多くの観光客が訪れている。ここ「亀の井別荘 湯の岳庵」の風情あるお店の庭には、原木栽培を見ることができる小さなホダ場がある。ここでは肉厚の椎茸を七輪で炙って塩を振って食べる「炙り椎茸」を味わうことができる。シンプルな食べ方だからこそ、堪能できる素材そのものの味と香りは、まさに絶品である。
「里の駅やすらぎ交差点」のような農産物直売所の食堂から「亀の井別荘 湯の岳庵」のような風情ある割烹まで、ここ大分県では多種多様な椎茸料理を味わえる。
おんせん県としても有名な大分県。観光に訪れる際は是非、地元が誇る椎茸料理を味わって、さらなる大分の魅力を感じてみてはいかがだろうか。