THE ROOTS OF SHUN (January 2015)

小豆島の島民気質が生んだ食文化

― 香川県小豆島

(取材月:November 2014)

内海特有の穏やかで美しい海に囲まれ、地中海によく似た温暖少雨の気候をもつ小豆島は、瀬戸内海で淡路島に次いで2番目に大きな島である。ここ小豆島は昔から本州と四国、九州を結ぶ海上交通の要衝として栄え、さまざまな人やモノが小豆島を行き来した。こうした歴史と地域性を背景に小豆島では独自の食文化が育まれてきた。
小豆島といえばオリーブの国内栽培発祥の地としても有名だが、そのオリーブが根付く以前から産業として盛んだったのが、醤油づくりとそうめんづくりだ。この醤油づくりとそうめんづくりは400年以上前の江戸時代から続いている小豆島の伝統産業。海に囲まれた小豆島の地で長きに渡って、今もなお、島の名産として引き継がれている小豆島の食文化を探った。

醤油づくりの礎となった小豆島の地の強み

小豆島に醤油づくりがもたらされたきっかけは、当時盛んだった“塩づくり” にあるという。海に囲まれた小豆島では古墳時代から“塩づくり”が行われていたといわれ、昔から良質な塩の産地として有名だった。ところが、塩の製法が徐々に全国に広まっていくと、江戸時代には生産過剰の状態になってしまった。小豆島の島民たちは“なんとか塩づくりを利用したものづくりができないか“と考えていた時、関西から醤油がもたらされ、島民がその技法を学び醤油づくりに至ったといわれている。
そして、瀬戸内海特有の温暖な気候は醤油づくりに大切な酵母菌の培養に適しており、大豆・小麦などの原料も、当時から盛んだった海運業のおかげで手に入りやすかったのが幸いし、島を代表する産業にまでに発展していったのだ。

伝統と風土が育む醤油づくり

小豆島の一角には、醤油蔵や佃煮屋が軒を連ねる「醤の郷(ひしおのさと)」と呼ばれる場所がある。黒い板壁の醤油蔵が立ち並ぶ情緒的な風景の中、どこからともなく醤油の香ばしい香りが漂ってくる「醤の郷」は小豆島の観光名所にもなっている。
我々は、大正9年 (1920年) 創業の正金醤油の蔵に伺った。歴史を感じる木造の蔵に入ると、目に飛び込んできたのは高さが約2mもある大きな樽だ。小豆島では、杉樽を使った「桶(こが)仕込み」という伝統的な製法の醤油づくりが今もなお続いている。正金醤油の代表取締役の藤井泰人さんに醤油づくりについてのお話を伺った。

「醤油の仕込みは、原料となる小麦と大豆、こうじの種を混ぜ合わせ、『こうじ』をつくることから始まります。このこうじに塩水を混ぜて杉樽に収め、じっくりと熟成させます。その時々の気候によって樽に住みつくこうじ菌が違ってくるため、それぞれの樽に同じように仕込んでも、仕上がりが微妙に違ってきます」
正金醤油では創業当時から仕込み続けている樽を始め、長年使い続けている杉樽を使い、四季折々、自然のまままの温度と湿度で時間をかけてじっくりと発酵させる天然醸造という製法を行っている。温度を調節し、発酵時間をコントロールしている一般的な製法と比べて、天然醸造は時間と手間がかかる製法である。しかし、それぞれの樽で熟成されていく醤油の個性ともいえる旨みは天然醸造でしか味わえないと藤井さんは教えてくれた。
「この時期は寒仕込みといって、11月から3月までの気温が低い期間から仕込みを始めて、発酵のピークを夏に合わせた1年がかりの仕事になります。もちろん、その間も自然に任せっきりでは良い醤油はできません。発酵の進み具合が気になると夜中でも蔵を訪れて醤油の様子を見に行きます。天然醸造では、ひと夏を越えないことには醤油は発酵せず、寒仕込みが必須です。寒仕込みで小麦、大豆とこうぼを長時間じっくりなじませることで、深みのある香り高い醤油となり、まさに醤油の“旬”を創っているともいえますかね」と藤井さんは話す。
小豆島でつくられる天然醸造の醤油は、島の風土と伝統、そして、作り手の熱意がなければ存在することのない、この土地ならではの食文化であるのだ。

正金醤油写真

醤油樽写真

  • 藤井さん写真
  • 醤油発酵写真

そうめん発祥の地との出会いが生んだ小豆島そうめん

小豆島に醤油がもたらされた江戸時代に、同じく今も小豆島の主要産業として続く名産品が誕生した。小豆島そうめんである。
小豆島にそうめんがもたらされたきっかけは、今から約400年前の江戸時代に島民がお伊勢参りの道中でそうめん発祥の地である奈良の三輪に立ち寄った時だった。そこで見た三輪のそうめんづくりに島民は「島の農閑期を支える副業に最適だ」と思うと、そうめんづくりの技術を習得するために、その後も島民は三輪に何度も通った。そして、そこで習得した技術を島に持ち帰ったことによって小豆島そうめんが広まっていったといわれている。

島民の懸命な努力によって始まった小豆島のそうめんづくりだが、ここでも小豆島の風土がそうめんづくりを後押ししたようだ。醤油の発展の経緯と同様に、当時盛んだった海運業によって、そうめんの原料が手に入りやすかったうえに、小豆島には良質な塩、そして豊富な水があった。
また、瀬戸内海独特の温暖な気候も、そうめんづくりには適していたという。小豆島の伝統的な手延べそうめんづくりを独自の技術で守り続ける協栄岡野の工場をたずねた。

協栄岡野のそうめんづくりは、限られた人数で行う深夜1時半からの練りの工程から始まる。「手延べそうめんは熟成させて伸ばすものです。その日の天気、気温、湿度によって生地の状態が変わってくるので、塩加減と水加減の調整が必要です。この配分には経験と長年の勘が必要になってくる重要な作業です」と語ってくれたのはこの道30年近くになる工場長の元濱さん。
「夜中に仕込んでから、そうめんの長さにするまでにおよそ10時間かかります。本乾燥をして製品として完成するまでで2日間。こうやって時間をかけて熟成することによってコシが生まれてきます」
元濱さんはそうめんのコシに強いこだわりを持ち続け、日々そうめんづくりと向き合っている。協栄岡野の主力そうめんで使われる小麦は北海道産小麦を100%使用しているのも、色々と試した結果、コシの強さともっちりとした歯ごたえを出すのには北海道産小麦が一番適しているからだという。

三輪でのそうめんづくりとの出会いから始まった小豆島のそうめんは、今では三輪そうめんとともに日本の手延べそうめんの三大産地の1つとも呼ばれるまでに発展してきた。そして、島民の努力を受け継いだ職人たちの情熱によって今も発展を続けている。

そうめんづくり写真

元濱さん写真

そうめん写真

何でも吸収する小豆島ならではの島民性

醤油づくりも、そうめんづくりも、島外から持ち込まれ、次第に島を代表する産業へと成長している。小豆島の気候などが製造に適していたということもあるが、どうやら小豆島の人たちの情報力や行動力にも一因がありそうだ。今回小豆島を案内してくださった小豆島観光協会事務局長の石床さんが、興味深い話をしてくださった。

「小豆島は、島外のものを取り込むのが昔から非常にうまいんです。“いいな” と思ったら自分たちでやってみよう、という柔軟さが代々受け継がれているのかもしれません。もともと、小豆島は豊臣秀吉の直轄地であり、上方への往来も盛んにおこなわれていたため、島外から様々な情報や人が入ってきていたこともあります。島外の情報をいち早く取り入れて、さらに自分たちで応用しようとするのは、小豆島独特の島民性かもしれません」

  • 小豆島風景写真
  • 石床さん写真

最初は技術を教えてもらうことから始まったとはいえ、今では立派な“小豆島ブランド”として成長した醤油とそうめん。島外の文化を受け入れ、自分たちのものにする柔軟性と、たゆまぬ努力を併せ持つ小豆島の“人”と“風土”によって育まれた。是非、一度、小豆島に訪れてみて、ゆったりとおおらかな島の雰囲気と一緒に、小豆島の食文化を味わっていただきたい。

Writer : YUKI MOTOMURA / Photographer : SATOSHI TACHIBANA

株式会社 協栄岡野

本社所在地 香川県小豆郡土庄町馬越甲1102番地
TEL 0879-62-6570
URL http://www.shimazen.co.jp/

正金醤油 株式会社

本社所在地 香川県小豆郡小豆島町馬木甲230
TEL 0879-82-0625

醤の郷

URL http://www.olive.or.jp/hishio/

香川県 観光情報

japan-guide.com http://www.japan-guide.com/list/e1233.html