山麓からの「大根風」でゆれる純白のカーテン

群馬県高崎市
十文字大根
(取材月: December 2018)
一年を通して手に入る定番の野菜、大根。その歴史は古く、日本書紀には「於朋泥(おほね)」の名で記録されている。アブラナ科に所属する大根は変異が大きく、丸形の「桜島大根」や大型の「三浦大根」など、土地によって形や味が様々だ。群馬県高崎市十文字地区でつくられる「十文字大根」は、たくあん漬け用の大根として親しまれている。12月初旬、収穫期も終盤にさしかかる十文字地区の大根畑を訪ねた。

長さ50センチを越えるたくあん用大根

榛名山

高崎市の十文字地区は、合併前の旧榛名町界隈にあたる。榛名山麓に位置するこの地区は、榛名山の火山灰が堆積したことで水はけのよい土壌が育くまれ、古くから農業が営まれてきた。地区内には果樹園や農園が多く、のどかな風景がひろがる。

11月から12月は、十文字大根の収穫期だ。栽培される主な品種は「干し理想」、「秋まさり」、「漬けひかり」。いずれもたくあん漬け用の大根で、50センチ以上にまで育つのが特長だ。

十文字大根

訪れたのは、とくに肉質がやわらかく、良質とされる「干し理想」の畑。畑を覆いつくすほど旺盛にのびた葉をかき分けて、生産者の方たちが収穫に励んでいた。

収穫は、慎重かつ丁寧におこなわれる。なぜなら、やわらかい「干し理想」は、成長の過程で自分の葉の重みに耐えられず、土の中でどんどん曲がっていってしまうからだ。一気にひきぬくと折れてしまうため、根の半分あたりまで土を掘りおこさなくてはいけない。1~2キロもする大根を一本一本収穫するのは、かなりの重労働となる。

「榛名・十文字大根生産組合」の組合長、後閑英雄さん

「一般的な青首大根だと、土からスポっとひきぬけるんだけどね。十文字大根のなかでも『干し理想』はとくに“曲がり”が出るから、収穫にも手間もかかるんです」。

そう話すのは、「榛名・十文字大根生産組合」の組合長、後閑英雄さんだ。地区の一角に畑をもち、今年は5000本ほどの十文字大根を育てたという。

十文字大根

収穫してから、大根についた泥が乾かないうちに「洗い」の作業が始まる。大根は、水をはったタンクに集められ、ブラシ付きの野菜洗浄機で泥を落とされていく。不規則に曲がる規格外の形状だから、一般仕様ではなく特別な洗浄機が必要になるそう。洗浄作業を始めてから十数分後、すっかり泥が落ちた純白の大根が作業台に集められた。

上質な干し大根を育む「大根風」

十文字大根

作業台で大根は、葉の部分を藁のヒモで結ばれ、二本一組でまとめられる。この結び目の部分を棒に引っ掛け、吊るし干しにするのだ。

「収穫から、洗浄して、干し大根にするまでが一連の作業になります。だから、十文字大根の収穫は時間との勝負なんです。とくに重要なのが干す作業です。干し方次第で、たくあん漬けにしたときの味や風味が変わってくる」と、後閑さん。

十文字大根

干し場は、バリエーションに富み、民家の軒先、牛舎の脇、杉林、竹林など地区内のいたるところに大根が吊るされている。連なるように並ぶその様子は、さながら大根のカーテン。冬の時期だけに見られる、風物詩だ。

「榛名山、赤城山から吹く寒風が大根を干すのにちょうどいいんです。うまく水分がとんで、生で食べるよりも甘味が増し美味しいたくあん漬けになる。それほど寒くなることもないから、大根が凍る心配もありません。この地区は、干し大根づくりに最適な環境だと思いますよ」。

十文字大根

その寒風を「大根風」という生産者もいるそうだ。身がちぢこまるような風の日でも、地区の方に言わせれば「いい天気」なのだとか。

後閑さんは、杉林を大根の干し場にしている。小高い土地にあり、周辺には風を遮る建物もない。杉のおかげで直射日光や雨も避けられ、大根を干すには格好の場所だ。

十文字大根

干した大根は、条件さえよければ二週間ほどで出荷される。後閑さんは、一本一本大根を手に取り、出荷のタイミングを見極める。水分がしっかりとんでぐにゃりと“つ”の字に曲がれば、出荷の頃合いだ。

干し大根の大半はたくあん漬けに加工されてから、地元のスーパーや直売所で販売される。米糠や塩、砂糖などを混ぜたものと一緒に樽に漬け込み、樽のまま販売されることも多い。この地区では自家製でたくあんを作る家庭も多く、風味付けにナスの葉を一緒に漬け込んだり、ウコンを入れて黄色を強くしたり、家庭により味も様々だ。

十文字大根で作ったたくあん

肉質がキメこまかく歯切れのいい十文字大根は、たくあん漬けにするとその特長をより際立たせる。十文字地区の家庭でつくられたたくあん漬けを一切れいただくと、かじると同時にパキ!っと小気味よい音をひびかせる。普段食べ慣れているたくあん漬けでは、体験できない歯ごたえ。そして、甘味が口にひろがり、続けて苦みがあとをひく。滋味豊かで、奥深い味わいだ。

地域の味を次世代に伝えるために

十文字大根のたくあん漬け

十文字大根の大半は、たくあん漬けとして地元で消費される。収穫から出荷までに手間もかかるため、大量に流通することもない。市場の8、9割を占める青首大根と比べると、十文字大根の生産量はごくわずか。

このごろは、農業の後継者不足もあり生産量が減っているという。このままでは、地域の風景や味が途絶えかねない。

そういった現状を打破しようと、2018年に発足されたのが「榛名・十文字大根生産組合」だ。後閑さんを発起人に、約30名の生産者が組合員に名を連ねている。

「榛名・十文字大根生産組合」の飯野陽彦さん

「あと数年で十文字大根がなくなる、というわけではありませんが、今から手を打っておかないといけません。まずは、十文字大根の認知度を上げること。地元以外でも普及すれば、販路が広がって新たに栽培を始める生産者も現れるかもしれない」。

組合員から期待を寄せられているのが、若手の飯野陽彦さん。本業のかたわら、十文字大根の栽培に携わるようになって2年になる。11月には、収穫体験を企画して、生産者と消費者の橋渡し役になった。

十文字大根

「収穫体験に参加したのは、地元の子どもたちとその親御さん十数名ほど。子どもたちは、おもしろい形の大根に大興奮でしたよ。十文字大根は特産品であり、文化でもある。その担い手である次世代の子どもたちにもっと魅力を発信していければ」。

新たな展開をむかえ、地域を飛び出さんとする十文字大根。地区外の食卓であの“パキ!”の音が響く日もそう遠くないかもしれない。

Writer : NAOYA NAKAYAMA
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Photographer : SATOSHI TACHIBANA

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