生でも美味しい 千葉の極上のトウモロコシ「安西農園」
次第に亜熱帯気候特有の植物がちらほらと目につきはじめ、目的地の房総半島南部、千葉県館山市がすぐそこということを感じさせる。どことなく南国を思わせるムードが、遅い梅雨明けにやきもきしていた気持ちを緩ませた。都内で仕事を持ちながら、週末は館山に来てサーフィンなどをしてのんびり過ごす人が多いのも頷ける、美しい海と山々。
「トウモロコシ、生で食べたことある?」手渡されたトウモロコシ
旬のトウモロコシを求めて訪れたのは、豊かな自然に囲まれた館山で多くの作物を育てる安西農園。
直売所の運営や農業収穫体験、移住サポートや福祉支援、イベント出店まで、農業を軸に様々なプロジェクトを精力的に行っている。
代表の安西さんは、挨拶も早々に我々取材班に対して「トウモロコシ、生で食べたことある?ないの?ダメじゃん!」と、おもむろに採れたてのトウモロコシを手渡してくれた。
そのトウモロコシの名は「味来(みらい)」。非常に甘く、また甘いだけでなく、独特の旨味が口一杯に広がる。単純な糖度だけでない、ジューシーで瑞々しい食感から、料理人をはじめ多くの食通に愛されている品種だそうだ。今でこそ、作りやすいスイートコーン品種も増えたが、「味来」の甘さと食感は格別で、多くの人々を惹き付ける魅力がある。
「味来」が生まれる前は、トウモロコシというと、大きいけど甘くない品種か、甘いけど小さくて市場に出しづらい品種が多く、人々に好まれる甘くて大きいトウモロコシを生産する必要があった。生産者達の情熱と経験を糧に、少しずつ改良が重ねられ、南米の田舎町で偶然成功したのが、この「味来」である。
現在、安西農園では4種類ある「味来」の中から、シーズン毎に最適な「味来」を選別し育てている。受精が強くない品種のため、暑くなりすぎると作れないデリケートな面があり、6月20日頃~7月終わりまでが旬の時期。
トウモロコシ作りに最適な土地―館山市
元々バブルの頃は、東京の有名百貨店で営業を担当していたという安西さん。実家のご両親が体調を崩したことがきっかけで館山に戻り農業を始めたが、農家として成功するのは簡単なことではなかった。
それでも館山の地域独特の気候と風土に支えられながら、努力と技術によって安西さんのトウモロコシ作りは大成した。
館山で美味しいトウモロコシが育つ、一つ目の理由は、この地域特有の砂地。排水性が良く、常に大地が乾いていること。
「水分を採りづらいので、植物自体が一生懸命根を張るでしょ。水分含量が少なくなると甘みが凝縮する、フルーツと同じだよね。水分が多いとどうしても甘みがボケてしまう。」
二つ目は日照時間。トウモロコシをはじめ、イネ科の植物には長い日照時間が必要で、館山は、日本有数の日照時間を誇っている。
「日照時間というと南の地域の方が長いように思われがちだけど、山梨の甲府や、静岡の掛川など、日照量の多い地域は日本中にあり、そういう地域にトウモロコシの産地が多い。」
安西さんが館山でトウモロコシ作りをはじめた理由も、この日照時間が決め手だったという。
三つ目は、昼と夜の気温差。トウモロコシは昼夜の気温差が大きければ大きい程、栄養や甘みを含みながら成長してくれる。館山地域だと7月中旬まで、気温差が一番大きく、甘みが強くなる、まさに旬な時期とのこと。虫も少ない時期で、無駄な農薬を使わずに自然に育てやすい時期でもある。
トウモロコシ作りに適している土地とはいえ、苦労も絶えない。
「トウモロコシというのは、 簡単に見えて難しい。そこが面白いんだけどね。楽して儲けられないよ」と笑う。雄花が出た時期や、毛が生えてきた時期、個体の成長過程を日々観察し、一喜一憂しながらトウモロコシ作りに向き合っているとのこと。
1秒でも早く"旬"のトウモロコシを届けたい
安西さんのトウモロコシ作りは、一年の中の旬を考えた生産だけでなく、一日の中の旬を意識した収穫、そしてその旬を少しでも早く食卓に届けるための流通まで、とにかく旬にこだわっている。
「収穫は朝がいい。植物っていうのは実以外にも、葉っぱも茎も生きようとするでしょ。光合成をした栄養素を、夜に全身に行き渡らせた後、昼間の成長に向けて充実した栄養素が植物に溜まっている朝のうちに収穫するのがベストなんだ。採ってすぐ食べれば食べるほど美味しいんだよ。」
トウモロコシは、トマトやフルーツなどと違って追熟(何日か寝かせることで甘くなる)をしない。トウモロコシは採った瞬間から糖度が落ちて行ってしまう。「昔の人が良く言うが、3日たつと糖度が半減する。糖度計での甘さではなく体感で。だからこそすぐに食べてほしい。そう思って市場流通をやめたんだ。」と安西さん。市場に持って行き、朝競りにかける。仲買業者がそれを運び、スーパーに並ぶまでには早くて1日半、遅いと2日半かかってしまう。これでは、本来の甘さを届けることが出来ない。安西さんは、一番美味しい状態で食べてもらうために、市場流通をやめて、直販を積極的に行うことにしている。
「収穫した朝に、沢山出荷して、宅配使ってでも次の日には届けたい。そうすれば24時間ちょっとで食卓に並ぶからね。」
丹精込めて育てた作物を、最高の状態で食べてもらうための努力を惜しまない。ただ作物を作ることだけが自分の仕事ではなく、人々がそれを口にするまでを仕事として捉え、旬にこだわり抜く安西さんの姿勢に、日本の農家の矜持を垣間みた気がした。
直売所「百笑園」
安西農園の入り口には、直売所「百笑園(ひゃくしょうえん)」がある。「生産者が価格を決めている」というこの直売所の中は、その日採れた作物が所狭しと並び、安西農園のトウモロコシを始め様々な農作物を買うことが出来る。
トウモロコシの収穫体験をしながら食べることもできるので、是非、安西農園まで足を伸ばし、採れたてのトウモロコシを味わってみてほしい。