自然、そして人に向き合う「久松農園」の野菜づくり
土浦市の西側に広がる旧新治(にいはり)村は、北に筑波山、東に国内2位の湖面積を誇る霞ヶ浦といった豊かな自然に囲まれている。この地域では、年間を通して温暖な気候に恵まれていることもあいまって、四季折々の野菜が育まれている。
こうした恵まれた環境のもと、露地栽培による有機農業を営む農園があると聞き、我々は取材に向かった。
多品目を有機で育てる 久松農園の志
1999年の創業以来、新治の自然に寄り添いながら農薬を使わない有機農業を営む久松農園。
自然条件に左右され、決して効率が良いとはいえない多品目での露地栽培にこだわり続けている。
「私たちには、こうすれば必ずうまく育てられるという“勝利の方程式”がほとんどありません。野菜は生きものだから、出来に振れ幅があるのはしょうがない。その振れ幅を小さくするために、どんな要素が結果に寄与しているのかを日々観察し、試行錯誤しながら育てています。去年と同じように育つことはないので、毎回ドキドキします」と、笑いながら話してくれたのは、久松農園の代表、久松達央さん。
野菜をその土地の気候や“旬”から切り離してコントロールしてしまうのではなく、“当たり前の時期に当たり前に育つ、採れたての美味しい野菜”を消費者に味わってもらいたいという想いが、久松さんにはある。
つくり手の想いの詰まった久松農園の野菜は農協や卸売業者を介さず、飲食店や消費者のもとへ直接届けられる。口にした人の間で「生命力を感じる」「力強い味」などと評判を呼び、いまではリピーターが後を絶たないほどだ。
“旬”を迎えたオクラの“滋味”
取材に訪れた8月初旬、畑の一角では、「走り(“旬”のなかでも最初に出始めるもの)」を迎え、大きく育ったオクラがたくさん実っていた。
「大きくても弾力があるでしょう?生命力があるいまが伸び盛りだからです。この時期は、一晩で5cm伸びることもありますよ」と教えてくれたのは、久松農園のメンバーの一人である十川(そごう)英和さん。
虫害や病気は有機栽培では避けられないが、その試練を乗り越えたオクラは、真夏の日差しをたくさん浴びて力強く育つという。
「『走り(“旬”の時期の始まり)』のオクラはジューシーで若々しい味わいです。一方、『名残り(“旬”の時期の終盤)』の季節になると、時間をかけてじっくり育つ分、味が凝縮されます。同じ一本のオクラの木でも時期によって味が変わっていくんです。そうやって季節の移り変わりを感じて楽しんでほしいですね」と話してくれた。
その場で採って食べさせてくれたオクラは、生のまま食べても筋ばったところがなくしなやかな歯応えで、青々しい旨みが口の中に広がっていく。
最近は“甘さ”だけを売りにする野菜もたくさん出ているが、単純に甘いだけではなく、野菜がそれぞれにもつ旨みや苦味、味わい深さ、香り高さを含んだ複雑な味わいこそが、久松農園が目指す“滋味”なのだと十川さんはいう。
栽培効率を落としてでも“旬”の露地栽培にこだわる理由は、この“滋味”のためなのだ。
顔の見える関係が野菜を美味しくする
久松農園と顧客との関係は、単に野菜を売る側と買う側というだけに留まらない。
消費者との繋がりを大切にしたいとの想いから、毎年、初夏と秋に消費者を農園に招いての見学会をおこなっている。
「美味しいと言われればそこを伸ばすし、喜んでもらえなければ改善する。見えない万人がいいと思うものを目指しているのではないんです。目の前に見えている人たちに喜んでもらいたい。僕たちは、食べる人の顔を直接思い浮かべて野菜を育てる。お客さんは、僕らの顔を思い浮かべて食べる。久松農園の野菜の美味しさには、前提としてこの関係性があるんです」。
こうした消費者との直接的な交流から得られる刺激によって、久松農園のメンバーの野菜作りに対するモチベーションがさらに上げられていくと、久松さんは話す。
自然と対峙していく栽培方法のなかで、現場での課題は絶えない久松農園。ときにはメンバー同士、立場を越え、激しい議論をしながら、その課題への対応をおこなっている。
その背景には「美味しい野菜で、食生活を豊かにしたい」という久松農園の目標があるからだ。
自然、そして人と対話し、試行錯誤を重ねながら日々勝負を続ける久松農園だからこそ作れる”滋味深い味“は、これからも人々を惹きつけ、食卓を豊かにしていくだろう。
「久松農園」のオクラ
情報提供:久松農園・十川英和さん“旬”の時期
7月後半~9月。
目利きポイント
先端を曲げてみて、しなやかに曲がるものはよりフレッシュな証拠。固ければ、成熟しきり、筋っぽい歯触りとなる。