唐桑の自然に“もまれる”ほどに旨みを増す牡蠣
なかでも宮城県は、日本有数のカキの養殖地として知られており、県内のおよそ60ヵ所の浜でカキの養殖がおこなわれているという。地域によって自然環境や養殖方法などが異なり、大きさや味にそれぞれ特長がある宮城県産のカキのなかでも、大粒の身がひと際目を引くカキが、気仙沼市唐桑産の「もまれ牡蠣」だ。
一般的なカキ養殖の期間は1年半から2年ほどであるのに対し、唐桑産の「もまれ牡蠣」は2年半から3年もの歳月をかけて育てられる。通常のカキのおよそ2倍にあたる大きな殻に、ぎっしりと詰まったふっくらとした身は、旨みが凝縮された濃厚な味わいだ。「もまれ牡蠣」の美味しさの秘密は、手間ひまをかけた独自の育成方法にあるという。
手間を惜しまない独自の養殖方法
宮城県の最北端、三陸沿岸に連なるリアス式海岸のちょうど真ん中にあたる唐桑半島は、複雑な地形で入り江が数多く存在し、自然豊かな景勝地が多い地域としても知られている。古くから沿岸漁業だけでなく遠洋漁業も盛んで、まちの人口のおよそ8割が漁業に関連する職業に従事している。
唐桑でカキ養殖をおこなっている畠山政則さんは、この道40年というベテラン。「『もまれ牡蠣』という名前の由来は、潮の流れに “もまれる”ことからきています。また、『もまれ牡蠣』は、じっくり丁寧に時間をかけ育て上げるのが特徴です。そうすることで、抜群の身入りの旨み豊かなカキになります」。
唐桑では、リアス式海岸がもたらす“静寂の内海”と“波の荒い外海”を最大限活かした養殖を行っている。
穏やかな内海の湾で育てる種ガキは、カタチの悪いものは間引き、一つずつカキの貝殻に穴を空け、糸を通していく「耳吊り式」で育てていく。
半年ほど前に「耳吊り」の仕込みをしたものを引き上げると、カキには雑貝や海藻などがびっしり付いていた。こうした付着物は1年ほど経つとカキが見えないほどに成長し、カキに栄養が行き渡らないだけでなくカタチまでも悪くしてしまうため、「温湯処理」をおこなってカキ以外の付着物を取り除く。こうした「温湯処理」によって、カキの殻の成長がとまり、身の成長に栄養がいくようになるという。
「山々に囲まれている唐桑半島では、豊富な植物プランクトンが湾に注ぎこまれていきます。唐桑の湾で手間をかけて育つカキはたくさんの栄養を蓄えることができます」と畠山さんはいう。
こうして湾の中で丁寧に育てた後は、カキの成長に合わせて海域を選定し、沖合の漁場に移動させていく。
「沖出し作業は細やかにおこなっています。波が荒く潮の流れの速い外海でもまれることで、湾で蓄えた旨みが凝縮され、身もふっくらとしていきます。こうすることで、大きさだけでなく滋味豊かな味わいのカキになっていきます」。
その名の通り、厳しい環境に“もまれ”るようにカキを育てることで、大きさとふっくらとした身、そして旨みを兼ね備えた希少価値の高い「もまれ牡蠣」に仕上がっていくという。
「カキの養殖は冬場が最盛期。日も昇らない真っ暗な時間帯からの作業は大変ですが、手間をかけて大きく育った唐桑のカキの美味しさは格別。どこのカキにも負けない自信がありますよ」と満面の笑顔で語ってくれた。
地域の漁師が一体となって「もまれ牡蠣」の生産に取り組む
「もまれ牡蠣」を育てる独自の養殖方法が唐桑全域で採用されるようになったのは、2011年に起こった東日本大震災からだという。それまではカキの質よりも量を重視する漁師がほとんどだったが、震災をきっかけに「このままではいけない」と少しずつ意識が変わっていったのだそうだ。
震災後、再出発するにあたり、地域のカキ養殖漁業者が話し合い、共通の養殖方法で生産を開始。
「真面目にカキ養殖に取り組んでいたら、きちんと市場で評価されるカキになる自信がありました。震災後は漁場をつくり変え、カキ一つひとつの質を上げられるようにしました。辛くて大変なだけでは漁業の後継者は育ちません。10年後、20年後を見据え、面白みがあり、魅力を感じられるような仕事に変えていくのが私たちの責任です」と畠山さんは語る。
現在「もまれ牡蠣」を生産しているのは若手を中心に20名ほど。みんなで協力し合い、ブランド化にも取り組んでいるのだという。
宮城県漁協と連携し「おらほのカキ」をPR
「もまれ牡蠣」のブランド化にあたっては、宮城県漁業協同組合と連携しておこなっている。宮城県漁協では、唐桑だけでなく石巻市の長面浦や万石浦、荻浜、東松島市の鳴瀬など、県内各地域の殻付きカキのブランディングに取り組んでおり、個性豊かな「みやぎのカキ」を全国にPRしている。また、宮城県漁協直営の電子卸市場「おらほのカキ市場」では、宮城県の各地域のカキを仲買人や飲食店、流通業者に直接販売。買い手にカキの魅力を伝え、その価値を評価してもらい価格を設定する販売方法をとっている。
さらに、都心でのイベントも積極的に開催。「生産者の私たちもイベントに参加することがあるのですが、丹精込めて育てたカキを目の前で“美味しい”と言ってもらえるのは本当にうれしいですね。私たちのカキを待っていてくれる人がいると思うと、つくる側も張り合いが出ます」と畠山さんは話してくれた。
現在、2016年4月3日までの期間限定で、東京・大手町のイベントスペースに「宮城牡蠣の家」をオープン。宮城県各地の殻付きカキを味わえるほか、ホタテやタコ、ワカメなどの海の幸や、東北の山の幸を使ったメニューも提供している。ふっくら美味しい唐桑の「もまれ牡蠣」はもちろん、宮城県各地のこだわりのカキを、是非一度味わっていただきたい。
唐桑の「もまれ牡蠣」
情報提供:宮城県漁協唐桑支所 支所長 吉川弘さん“旬”の時期
11月~5月
目利きポイント
殻が丸みを帯び、貝の色が濃いものは、旨みが凝縮している証。
美味しい食べ方
「カキと生ワカメのしゃぶしゃぶ」。
生ワカメが“旬”を迎える3月初旬だけに味わえる贅沢な食べ方。
出汁にカキと生ワカメをくぐらせ、あっさりとポン酢でいただくのがおすすめ。