唐辛子をもう一度まちの名物に。大田原市が誇る「栃木三鷹」
大田原から世界へ羽ばたいた「栃木三鷹」
1950年代、大田原市で唐辛子生産を始めたのは、地元の唐辛子専門メーカー「吉岡食品工業」。もともと東京でカレーやソースなどの材料として唐辛子を製造・販売していた初代の吉岡源四郎は、生産量と品質の向上を目的に拠点を大田原市に移転。そこから大田原市での唐辛子生産が始まった。
より良い唐辛子をつくりたいと、吉岡氏は品種改良にも着手。八房系と呼ばれる品種から分離して誕生したのが「栃木改良三鷹」、通称「栃木三鷹」だ。深みのある赤色と整った形、食べるとしっかりとした辛味があり、香りは豊か。食味や見た目の良さだけでなく、収量が多く保存性もあるなど、生産者としても扱いやすい品種だ。
この「栃木三鷹」の誕生によって大田原市の唐辛子産業は飛躍的に伸び、1963年頃には生産量が全国一位になるまでに成長。当時、収穫した唐辛子は、ほとんどが海外へ輸出品されていたという。現在、日本国内で消費される唐辛子のほとんどが中国産だが、その品種も元は大田原から中国へ渡った「栃木三鷹」だと言われている。
ご当地グルメや食育も。唐辛子でまちおこし
そんな大田原の唐辛子産業も、社会環境の変化や円高等の影響で一時は衰退。再びスポットライトが当たったのは2003年のことだった。「大田原市の観光客数は栃木県内でも下位のほう。新しい観光資源を見つけ出そうと辿り着いたのが、まちの歴史と結びつきのある『とうがらし』だったんです」と、話すのは、大田原商工会議所の大島暸さん。
大田原市を“唐辛子のまち”として盛り上げる、商工会議所や観光協会が中心となって「大田原とうがらしの郷づくり推進協議会」を平成18年に発足。「栃木三鷹」の生みの親であり、種を保存していた吉岡食品工業も一緒になり、まずは大田原産唐辛子の栽培普及活動に乗り出した。まちのイベントでブースを構え、新規就農者への説明会や七味作り体験を実施。また吉岡工業食品工業の国産プロジェクトチームは、農家への栽培指導も担当している。
消費者に向けた取り組みは「栃木三鷹」を使ったバラエティ豊かなご当地グルメを展開。市内の飲食店や商店では、「さんたからあげ」やラーメン、餃子にコロッケやジェラートといった、さまざまな唐辛子グルメが用意されている。
ちなみに「栃木三鷹」は“旨辛”が特徴なので、辛すぎるのは苦手という人も安心だ。また吉岡食品工業が手掛ける「鉄釜七味」「鉄釜一味」は、お土産物として人気の品。「栃木三鷹」を巨大鉄釜で焙煎することで、驚くほどコクのある唐辛子の香りが立ち上がるそう。今後はこの七味や一味を使って、ポテトチップスなどのお土産品の商品開発もしていく予定だという。
協議会がもう一つ大切にしているのが、インストラクター事業という名の食育活動。地域の小中学校に「栃木三鷹」の苗を植え、育てた唐辛子で手作りの七味やラー油をつくるというものだ。
「食育は未来の食べ手や栽培農家の育成に繋がる大切な事業です。自分で育てて加工して食べてみることで、きっと思い出に残りますし、子どもたちに地元の産業を知ってもらえたら」。
唐辛子を主役としたまちづくりは県にも認められ、2023年には栃木県農業大賞農村活性化の部で大賞を受賞。「イチゴや餃子に続く栃木県名物になれば」と、大島さんの言葉にも力がこもる。
夏の暑さでぐんぐん育つ真っ赤な畑
「大田原とうがらしの郷づくり推進協議会」発足当時から栽培農家としてプロジェクトに参加しているという、木下三千子さんの畑を見せてもらった。取材に訪れた10月下旬は例年だと一面真っ赤な畑が見られるそうだが、今年は全国的に大量発生したカメムシ虫の被害で、あまり良い実ができなかったとのこと。幸いなことに二番目に出てきた芽が実を結び、例年よりも遅れながらも色づき始めているところだった。
夏の暑さで大きく生育する唐辛子。収穫後は乾燥させてから出荷するので、夏場にしっかりと気温が上がり、秋以降空気が乾燥する大田原の気候は唐辛子栽培に好適だ。10~11月にかけて収穫した苗を、2ヶ月ほど乾燥させてから、一つひとつ手でもぎる。唐辛子の束を抱えて家でもぎる様子は、昔を知る農家にとっては懐かしい景色だと木下さんは言う。
「この辺りに住む80代くらいのおばあちゃん達は、冬は唐辛子もぎりの内職をするのが定番でした。子どもたちも色分けの手伝いをしたり。今また唐辛子栽培が復活したので、その景色が戻ってきましたね」。
乾燥後、色や形、傷の有無によって一等、二等、等外と仕分けをしてから出荷。すこし黒みがかるくらい深い赤色が、最高級の「栃木三鷹」の印だ。収穫したものはほぼ全量、吉岡食品工業が買い取ってくれるのも農家にとってはありがたい。
同社の国産プロジェクトチームとして栽培農家を回る田代宗一郎さんは、「農家さんに『栃木三鷹』を作っていただかないと僕達も仕事ができません。できるだけ全量買い取らせてもらいながら、栽培指導やブランド価値の向上にも力を入れています。」と話す。
農家が栽培していることを誇りに思えるようなブランド唐辛子に育てていくことも、協議会の大切な役割だ。
深紅の唐辛子畑を見渡せるテーマパークを作りたい
安心安全な国産食材を求める人が増え、近年は国産の良質な唐辛子として県外からも注目が集まる「栃木三鷹」。高まる需要に応えられるように、生産効率を上げるための技術開発にも取り組んでいる。
「大学と共同研究に取り組み、もっと収穫しやすい品種を開発しています。また現在は目視で行っている色の選別も機械で自動化していきたいです。少しでも手間を省いて、作り手の数も収量も上げていけたら」と、田代さん。
また、大島さんはとうがらし協議会として県内外で「栃木三鷹」のPRにも取り組むともに、将来大田原にテーマパークをつくるという夢のような計画を教えてくれた。
「まだまだ構想ですが、収穫体験や、唐辛子グルメが食べられるような施設をつくりたいです。収穫時期に真っ赤に色づく畑は本当にきれいで、写真を撮りたいというお声も多くいただきます。全国の皆さんに大田原市に来ていただきたいですね」。
まちと農家が一緒になって復活させた名産品「栃木三鷹」。これからもピリッと刺激的な魅力を発信してくれるだろう。