冬の食卓を支えた味噌。朴葉の上で焼いて食べる「朴葉味噌」
飛騨の冬の食卓を支えた朴葉味噌
「朴葉味噌」は、朴の葉の上で味噌を焼いて食べる郷土料理。山々に囲まれた飛騨地域は林業が盛んで、山仕事に勤しむ杣人※(そまびと)たちが、大きな朴葉をお皿代わりにして焼き味噌をしたのがその始まりではないかと言われている。
※杣人とは
杣木を切り倒したり運び出したり造材したりすることを職業とする人。
朴葉味噌に使う麹味噌は酒、砂糖、生姜などで味付けをしてあり、そのレシピは各家庭で違う。自宅で味噌を仕込むことが少なくなった現在は、あらかじめ朴葉味噌用に味付けされた市販の味噌を買うことも多い。朴の木は飛騨地方にたくさん自生しており、晩秋になって霜が降り始めた頃に落葉する。その葉を塩水に3日ほど漬けて干しておき、朴葉味噌用に取っておくそうだ。朴葉には独特の香りがあるのが特徴で、初夏には青い朴葉で酢飯を包んだ「朴葉寿司」をつくる風習もある。
「私は朴葉味噌で育ったようなもんだよ」と話すのは、高山生まれ高山育ち、生粋の飛騨人である西村京子さん。京子さんは1979年から、城下町の雰囲気が残る人気のエリア「古い町並」で、郷土料理が味わえる食事処「京や」を営んでいる。
「飛騨の冬は長くて、4、5月頃まで野菜が獲れないの。今はスーパーに行くとなんでも売っているけれど、昔はそれぞれの家で味噌や漬物を仕込んでおいて、冬の間はそれを食べて過ごしたんですよ。朴葉味噌はご飯のおかずにもなったし、来客があると『朴葉味噌でも焼いてつまみにする?』って、お酒のアテにもする。そのまま食べても美味しいけれど、朴葉の上で焼くと香ばしくて美味しいわな」
「ちょっと焼いてあげようか」と、京子さんが朴葉味噌を作ってくれた。「京や」の味噌はエゴマ入りで、焼く時にわらびやなめこなどの山菜、椎茸、たっぷりのネギを混ぜる。朴葉の上でじりじり焼ける味噌の、なんともいえない香ばしさ。朴葉にも香りがあり、焼くことで葉の香りが味噌にうつる。「京や」では朴葉味噌に飛騨牛や地場産のキノコを合わせた一品もあり、外国人の旅行者に大人気なのだそうだ。
味噌蔵がおすすめする朴葉味噌のたのしみかた
飛騨人の生活に欠かせない味噌。高山の老舗として知られていた日下部一族が営む「日下部味噌醤油醸造株式会社」は、1890年(明治23年)からこの地で味噌と醤油を作り続けている。飛騨の味噌作りはどんなものなのか、味噌蔵をすこし見せてもらった。
「日下部味噌醤油醸造株式会社」があるのは、古い町並の上一之町。城下町の中で一番お城に近く、酒蔵や表具師の店など商人が集っていたエリアだ。味噌蔵の中に入ると、しっとりとした冷気に漂う濃厚な味噌の香りが感じられる。蔵は土蔵のため、夏でも涼しく一定に保たれている。味噌仕込みの最盛期は、春の兆しが見える3月下旬。熟成が最盛期を迎える夏を越え、頃合いになるまでじっくりと熟成させていく。仕込みに使うのは、ずらりと並ぶ高さ2mを超える木桶。創業当時から130年間使い続けてきた木桶には、すべての歴史が染み込んでいるようで、この木桶なくして「日下部味噌醤油醸造株式会社」の味噌は完成しないのだろう。
日下部さんの蔵にはショップも併設されており、蔵でつくった麹味噌を使った朴葉味噌キットも販売されている。4代目社長の奥さま日下部博子さんに、朴葉味噌の美味しい食べ方を教えてもらった。
「キットを買うのも良いですが、麹味噌を買ってオリジナルの朴葉味噌を作るのもおすすめです。大切なのは焼く時にたくさんネギを入れること。ネギの甘味と味噌が合わさって、とても美味しくなるんです。うちではキャンプに朴葉味噌を持っていって、カマンベールチーズと一緒に焼いて食べたり、朴葉味噌に卵を入れて炒り卵みたいにして食べたりすることもありますよ。味噌汁や調味料としてだけでなく、味噌も立派なおかずになりますから、ぜひ食べてみてください」
かつては冬場の貴重な食糧として、今では根付いたソウルフードとして、飛騨の人々に親しまれる朴葉味噌。ぜひとも香ばしく焼けた朴葉味噌を片手に、白米を頬張ってみてほしい。