みずみずしい初夏の果実 南房総育ちの「房州びわ」
明治時代から皇室へ献上されている初夏の風物詩
びわは淡いオレンジ色の果皮と、丸みを帯びた形がかわいらしいバラ科の果実。千葉県では宝暦元年(1751年)頃に栽培が始まったと言われており、江戸時代中期には「房州びわ」という名で、江戸の市場に出荷された記録が残っている。明治以降からより盛んに栽培されるようになり、明治42年(1909年)から毎年、審査会で選ばれた「房州びわ」が皇室へと献上されている。
びわは寒さに弱いため、房総半島の南端に近い南房総市や館山市、鋸南町といった温暖な地域で栽培される。生産量は長崎県に次いで全国2位を誇り、その質の高さから毎年完売するほどの人気な初夏の風物詩なのだ。
寒さは天敵。繊細ゆえに手間暇をかける「房州びわ」づくり
海沿いから内陸に車を走らせ、館山市沼地区にある「果樹 叶」へ。ハウスの中に並ぶびわの木には、袋がけされたびわの実がいくつもなっており、収穫の時を待っていた。
園主の門叶(とがの)聡さんが目指すのは、美しくて味も秀でた贈答用のびわ。現在は早生品種「富房(とみふさ)」と、実が大きいことで知られる「瑞穂」の2つの品種を栽培している。ハウス栽培のびわは5月上旬から、路地ものは6月くらいから収穫が始まるそうだ。
びわ栽培で最も神経を使うのは冬の時期だ。12月から1月にかけてびわが開花・結実する期間、気温が−3℃を下回ってしまうと、果実の種が凍って腐ってしまう。そのためハウス栽培であっても冬場はヒーターをつけ、温度管理を徹底する。
またびわは皮が柔らかく傷がつきやすい。害虫や葉こすれなどを防ぐため、2月の終わり頃から果実一つひとつに袋がけをする。皮のオレンジ色が濃くなり、“へそ”と呼ばれる底面の部分が黒く乾燥してきたら、収穫のタイミング。出荷時も運搬時も、傷をつけないように細心の注意を払いながら扱う。
「濃いオレンジ色で角張らずに丸みがあり、産毛がびっしりと生えているのが良いびわの条件。摩擦があると産毛がとれて光沢が出てしまうので、果実には最小限しか触りません。繊細な果実ですが、僕としては大変な作業は正直なくて、すべてがとても楽しいです。理想のびわを作れるように、研究の日々です」と、門叶さんは笑う。
門叶さんのびわを剝いてみると、薄い皮の下からみずみずしい果肉が。食べてみるとさらに果汁が溢れ出し、桃や梨に似たさっぱりと上品な甘味が口いっぱいに広がった。
台風で荒れた果樹園を一から再生。若手就農者の挑戦
4年前に東京から館山に移住した門叶さん。1年間の農業研修を経て就農し、この果樹園で「房州びわ」を収穫するのは今季で3回目となる。彼がびわ作りを始めたのは、2019年9月に房総半島を襲った大きな台風がきっかけなのだそうだ。
「台風でこのびわ園も被害を受けてしまい、一時は栽培ができない状態になりました。元の持ち主が高齢だったこともあって、僕が引き継がせてもらうことに。まずは駄目になってしまった木を再生させるため、除草剤をやめて雑草を生やし、潅水をして土壌を良くすることから始めました。知識はまったくなかったのですが、周囲の農家さんに協力していただきながらやってきて、今年はやっと良い状態のびわが実るようになりました。びわ作りも農園の修復も、まだまだ道のりは長いですね」と、門叶さん。
もともと飲食業界で15年間働いていたキャリアを持つ門叶さん。今後は農業と飲食両方の経験とネットワークを活かして、「房州びわ」を発信していきたいと話す。
「房州びわはそのまま食べるのはもちろん、食材としても魅力的な果物です。現在は洋菓子店と一緒にコンフィチュールを作っているのですが、ブルーチーズやブッラータチーズとの相性も抜群なので、料理人とのコラボレーションもやってみたい。上質なびわ作りを追求するのと一緒に、飲食店と連携して房州びわの美味しさを伝えていきたいです」
初夏を感じるみずみずしい房州びわ。みなさんもさまざまな食べ方で楽しんでほしい。