清和の湧き水が育む、夏の味覚「生きくらげ」
きくらげのイメージを変える「おさしみ専用のきくらげ」
まずは写真を見てほしい。こんなに大きくてかたちがよく、ビロードのような産毛が美しい質感のきくらげを見たことがあるだろうか?肉厚でゼラチン質がプルプル、噛めばコリコリとした歯ごたえ、ツルリとした喉ごし。この繊細な食感を味わってもらうため、房総の料亭ではさっと湯通ししただけの「きくらげの刺身」として提供されているそうだ。
中華食材としておなじみのきくらげは、日本で販売されているほとんどが乾物として輸入されている中国産だ。中国では古くから医食同源の思想の中で重用されてきた食材。水溶性の食物繊維を豊富に含み、鉄分はレバーの3倍、カルシウムは牛乳の2倍、特にビタミンDの含有量が突出した健康食材として近年注目されている。
10年ほど前から、発酵食品などを含む菌類を食べて体調を整えようという「菌活」という言葉が生まれ、きのこ類にも注目が集まった。その中で、外国産が中心のきくらげを日本国内で栽培しようという動きが広まってきたそうだ。それでもまだ国産生きくらげが占める割合は、全流通量の5%ほどしかない。そんなきくらげ栽培を、君津で手がけようと思ったきっかけを古木さんは次のように話す。
「ここ君津市清和地区に移住してきて、既存の農家と競合せずにつくれる適地適作の作物は何だろうと考えたとき、きくらげが思い浮かびました。きくらげは約90%が水分です。そしてここには地元農家の方々が50年間守り続けている農水道がありました。天然のフィルターを通ってきた清和の“山の絞り水”をたっぷり与えたきくらげは、水道水のそれとは違います。さらに、温度と湿度にこだわって大きく肉厚に育てています。」
さっそく古木さんの案内で、絶品きくらげを生みだすハウスを見せていただいた。
一枚一枚、手入れを欠かさず育てられるきくらげ
君津市東日笠は房総半島中央の山間地にあたり、市街地より気温も2度ほど低い。さらに南側を竹林に守られ、直射日光を避けるようなかたちで、古木さんのきくらげのビニールハウスは建てられていた。
きくらげ自体は自然の森で普通にお目にかかることのできるキノコで、農作物として栽培されているのは「アラゲキクラゲ」という種類のものだ。栽培は、まず専用の菌床づくりから始まる。おがくずに米ぬか、ふすま、籾殻などを混ぜたものをビニール袋に詰めていったん殺菌した後、きくらげの胞子を入れてかき混ぜ、3ヵ月間ほど置く。やがて表面が真っ白く胞子で覆われてくる。これで菌床のできあがりだ。
菌床の袋に切り込みを入れる「発生操作」を行うと、切り込みからムクムクときくらげが育ち始める。発生操作から収穫まではおよそ3〜4週間、毎日の水やりを欠かさない。
「食感をよくするには、水分のコントロールが命。きくらげは晴れるとすぐ干からびてしまいますし、大雨が降るとブヨブヨにふやけてしまう。毎日世話をしているので、あっ今、水を欲しがっているなというのがわかるようになりました」と、古木さん。
また、きくらげ同士がくっつきあって縮れたり、かたちが悪くなったりしないよう、古木さんが一つひとつ目視して、手ではがしているという。昨年までは1200床ほど栽培をしていたが、すべてに目が行き届くように、今年は700床に栽培規模を減らしたそうだ。
きくらげは気温が18℃以下になると発出しなくなるので、収穫できるのは7月から10月末頃まで。たっぷりと手をかけ、10cmものビックサイズに育ったものだけを夏の珍味「おさしみ専用生きくらげ」として出荷する。今年は宅配だけで売り切れてしまい、すべての注文に応えきれない状態だという。
「醸してつながる里山と暮らし」を実践
きくらげは立派な主力商品に育ったが、古木さんが手がけているのはそれだけに留まらない。借りる畑の面積を徐々に増やしながら、ヤーコンやムクナマメ、マコモダケ、ハーブなど希少種の野菜を無農薬、無化学肥料で育てている。
「ヤーコンは南米アンデスでは糖尿病の民間治療薬。試行錯誤して捨てられていた葉でおいしいお茶を開発しました。ほのかな甘味はフラクトオリゴ糖で腸内のビフィズス菌を増やします。それからムクナマメはパーキンソン病の治療薬の成分を含んでいて……」と、熱く語り出す古木さん。
思わず就農前の専門は?と訊ねたところ、大学院で微生物の研究をし、製薬メーカーでいくつもの特許を取得した技術職であったとのこと。20代で青年海外協力隊に参加して合計10年間コスタリカで暮らし、発酵食品事業にも取り組んでいたという。
帰国後、2012年に君津に移住。現在は農園のほかに自身の専門である「発酵ラボ」をもち、大豆のテンペなど機能性食品の研究開発、減圧乾燥機をつかったドライフードなどの加工製品、ハーブの芳香蒸留水づくり、自家製乳酸菌を使ったボカシ(農業資材)の開発等々、手がける品目は幅広い。
「世界で貧しくても豊かな生活を楽しんでいる人たちをみてきて、日本人にも本当の意味での豊かな暮らしが必要ではないかと思い、都会と田舎を結びつける事業がしたくて君津に移住しました。週末に気軽に君津に来て、自然とつながる暮らし、資源が循環する暮らしを体験してもらいたい」と、仲間と共に自然農の畑の真ん中でシェフが腕を振るう「アオゾラ畑の台所」や、ゲストハウス&イベントスペース「マリポの家」などの複合経営を行っている。
ちなみに、マリポ・コミュのマリポとは、スペイン語で蝶々をあらわすマリポーサから名付けた。蝶々の羽ばたきのような小さな変化から世界がよい方向に変わっていくように、という古木さんの願いが込められている。
古木さんの上質な生きくらげは、君津の特産品のひとつとして認められ、ふるさと納税の返礼品にも選ばれている。また、かたちの不揃いなものは減圧乾燥し、旨みや栄養を逃さず摂取できる調味料「きくらげパウダー」として販売している。廃棄するものを極力なくし、100%の循環型農業をめざすというマリポ農園。古木さんに、生きくらげのおいしい食べ方を教えてもらった。
生きくらげのおすすめレシピ
まず試してもらいたいのは、生きくらげのおさしみ。作り方はいたってシンプルだ。
石突きをとった生きくらげを熱湯に30秒さっとくぐらせ、冷水で冷やす。食べやすい大きさに切り、お好みでわさび醤油、からし醤油、ポン酢などに付けて。
続いて、生きくらげと夏野菜の中華風サラダ。軽く湯通しして水にさらしたきくらげと千切りキュウリ、トマトを合わせ、天然塩と胡麻油で和えるだけ。隠し味にオイスターソースを2、3滴加えれば味わいにさらにコクが出る。
そしてメイン料理には、生きくらげと卵の中華炒め。ごま油できくらげを軽く炒め、溶き卵を加える。オイスターソース、酒、ガラスープの合わせだしを加え、塩コショウで味をととのえれば完成だ。
さらに、天ぷらもおすすめとのこと。天ぷらの場合は、衣をつける前にきくらげに楊枝等で穴を開けてから調理すると膨らまなくて安全。
さまざまな調理方法で、生きくらげ独特の風味を存分に味わってほしい。
君津市の「生きくらげ」
情報提供:マリポ・コミュ 古木真也さん“旬”の時期
7〜9月
目利きポイント
・肉厚で大きい
・ビロードがキレイなツヤ肌
・柔らかさ
美味しい食べ方
さっと湯がいたお刺身やサラダ、炒め物など