相模湾がもたらす白銀色のごちそう「湘南しらす」
日本三大深湾・相模湾を代表する湘南の味覚
神奈川県南部にある三浦半島の城ヶ島から伊豆半島の真鶴岬にかけて広がる「相模湾」。沿岸部の「湘南」エリアは、サーフィンやシーカヤックなどのマリンアクテビティが盛んで、夏場はたくさんの観光客でにぎわう。
相模湾は好漁場としても知られており、日本で獲れる約4000種の魚のうち、約1300種の魚がこの湾に生息しているといわれる。その中で食用の魚は300種ほど。四季折々にアジ、ゴマサバ、カマス、ブリといった豊富な魚種が獲れるが、郷土を代表する味覚はなんといっても「しらす」である。
日本近海では主にマイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシの三種が獲れるが、しらすのほとんどは生まれてから20日から50日を経過したカタクチイワシの稚魚だとされている。体長2~3センチほどで、透きとおった白銀色の体色が特長だ。毎年春になると、太平洋を西から東へ流れてくる黒潮に乗って、たくさんのしらすが相模湾へ。毎年3月11日から12月31日までの10か月間に漁がおこなわれる。盛漁期は4~5月頃の「春しらす」と7~8月の「夏しらす」、9~10月頃の「秋しらす」だ。
海底の地形もしらす漁には好都合だった。相模湾は富山県の「富山湾」や静岡県の「駿河湾」と並ぶ“日本三大深湾”のひとつに数えられており、深い部分は水深1000メートルにも達する。
海底の深い部分には豊富な栄養分が降り積もっており、波によって海外の浅い部分へ流れこむ。そこが格好の餌場になっているのだ。
品質重視の「一艘曳き」操業
約50年間に渡って湘南しらす漁に貢献してきたのが勘浜(かんはま)水産の水島信一さんだ。代々続く漁師の三代目。いまなお現役で、しらす漁船「勘浜丸」の船主を務めている。
漁の解禁中は毎朝5時に腰越漁港を出発。操舵室で魚群探知機をにらみながら、定期的にポイントを移動する。
「一昔前は勘や経験を頼りに漁をしていた。その頃と比べたら、いまは随分便利になったよ」と水島さん。
探知機に魚群が映ったら、エンジン音を響かせてすぐさま近くまで移動。魚群を取り囲むように網を打って、そのまま掬いこむように船を一気に加速させて「船曳き」する。頃合いを見計らって網を引き揚げたら船上で魚種の選別。水揚げされたしらすはバケツに流しこまれ、大量の氷とともに冷蔵される。
こうした漁船一艘での漁は「一艘曳き」と呼ばれる。ほかの地域では、二艘の漁船が網の端と端を曳く「二艘曳き」も行われているが、しらすを傷つけやすいため、湘南しらすの漁は一艘曳きが主流になっているという。
「ここ数年で漁港近海の漁獲量は大分減ってしまったけれど、十数年前は一日に10回近く漁に出たこともあったよ。しらすでいっぱいになったクーラーボックスが甲板一面に並んで、足の踏み場もないほどだった」。
しらすは水揚げして間もなく漁港近くの加工所へ直送。その日のうちに釜揚げされたのち、天日干しが行われる。数時間干されてしっとりとした釜揚げしらすは、生しらすとともに直売所へ。余った分は冷凍にして保存される。
時代の移ろいと共に変化した、湘南しらすの価値
湘南におけるしらす漁の歴史は古く、江戸時代後期にまでさかのぼる。当時は長方形の枡にしらすを掬って天日干しをした「畳いわし」が一般的で、これが江の島土産として広く知れ渡っていた。昭和初期になると食用以外での用途も広がった。当時、相模湾や東京湾で「金あじ」釣りがブームとなり、このとき塩漬けにされたしらすが撒き餌として活用される。
日本が高度経済成長期を迎えると畳いわしの需要が高まり、生産量が増加。冷蔵庫が一般家庭に普及したため、釜茹でしたしらすを天日干しした「天日干ししらす」の流通もはじまった。
1980年代になると、これまで薪で炊いていた釜がガス式にとってかわり、安定した釜揚げが可能になった。それがきっかけとなり漁師自らしらすを加工する直売スタイルが浸透していき、やがて、しらす丼が湘南の名物となった。1989年に沿岸部の漁師たちで構成された「神奈川県しらす船びき網漁業連絡協議会(通称:しらす協議会)」が設立され、90年代にはしらす協議会が水揚げしたしらすは「湘南しらす」としてブランドを確立。
2000年代に入ってからも、しらす漁の伝統を後世に伝えつつ、新たな可能性を模索している。
獲れたてを味わえる、湘南しらすならではの贅沢
「湘南しらすは、釜揚げの際に塩以外を使わないので素材の味がダイレクトに楽しめます。勘浜水産は長崎県から取りよせた塩を使っているため、ほかの加工所にはないまろやかさがある」。
そう話すのは、勘浜水産が直営するしらす料理専門店「しらすや」の店主・柴田勝明さん。しらすやは漁港近くに店を構えておよそ30年、湘南のしらす丼ブームの立役者である。
様々なしらす料理を提供するなかで、とくに人気を集めるのが「しらすづくし定食」だ。しらすかき揚げ、畳いわし、釜揚げしらす、ちりめん佃煮など様々なしらす料理が並び、その名のとおりの豪勢な一皿である。しらすかき揚げは、衣としらすの軽やかな食感が好相性。うま味がギュっと凝縮された畳いわしを噛みしめると磯の風味があとを引く。佃煮の甘辛さはしらすの淡白な味わいを際立たせ、最後の一口まで飽きさせない。
「釜揚げしらすの身がふっくらしているのは鮮度がいいから。漁場が目と鼻の先にある相模湾だからこそ提供できる味です」と、柴田さんが声を弾ませる。
好漁のときは、生しらすと釜揚げしらすが食べ比べできる「二色丼」も登場。新鮮な状態でしらすを直送できる湘南ならではの贅沢だ。
「生のしらすが手に入ったら、ニンニク醤油、卵黄と和えて『生しらすユッケ』にもチャレンジしてほしいですね」。
瑞々しい白銀色を放つ湘南しらすの美しさは、船を駆る漁師たちの苦労の賜物。食卓に届けられるまでの過程に思いを馳せると、その美味しさもひとしおだ。
湘南しらす
情報提供:しらすや 柴田勝明さん“旬”の時期
4~6月頃:春しらす、9~11月頃:秋しらす
目利きポイント
体長3センチほどのしらすが美味。それ以上大きくなると苦味が出やすくなり、小さすぎると窯揚げしたときに身がくずれやすくなる。
美味しい食べ方
生のしらすを卵黄とおろしニンニクと和えてユッケ風にしても美味しい。