海と山の恵みで育つ地鶏、「長州黒かしわ」
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海辺のまち長門で養鶏が盛んな理由
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日本海に臨む長門市は、豊富な水産資源で漁業が主要な産業であるが、また同時にやきとりで有名なまちでもある。人口比に対するやきとり店の数は日本で一、二を争う。
古くからこの地方では農家の副業として養鶏がおこなわれてきた。仙崎漁港での蒲鉾づくりの副産物として、魚のアラが安く潤沢に手に入るという環境があった。それが養鶏に必要な、動物性たんぱく質の餌として活用されてきたのだ。戦前は鶏卵が中心であったが、戦後は食糧難のなかで、鶏肉生産が盛んになったという。
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1948年には長門市深川地区で、全国的にも珍しい養鶏専門の協同組合「深川養鶏農業協同組合」がつくられた。以降、深川は「長州どり」として知られる西日本有数のブロイラー生産地となってきた。そして2009年からは、山口県初のブランド地鶏「長州黒かしわ」の出荷にも取り組み始めた。
15年かけて開発した地鶏「長州黒かしわ」
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「長州黒かしわ」とは、日本在来種の黒柏鶏(くろかしわ)を素に山口県が約15年の歳月をかけて開発した「やまぐち黒鶏」の雄と、ロードアイランドレッドの雌を交配させて生産する肉用地鶏だ。
黒柏鶏は、雄の成鶏で3.3kgほど。全身黒色でつやつやと黒緑色の光沢を帯び、長く垂れた尾羽をもつ。「長鳴性」があり、鳴き声は通常7~8秒ほど続く鶏である。純粋種は希少で、国の天然記念物に指定されている。夜明けに鳴いて正しく時刻を告げるので、古来より神聖な鶏とされ、山口県と島根県の神社や農家では、実用と鑑賞を兼ねて飼育されてきたという。山口県防府市大崎にある玉祖(たまのおや)神社の境内には、黒柏鶏発祥の地という碑がある。
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「長州黒かしわ」はこの黒柏鶏をもとに、肉用の品種としての扱いやすさや食味のよさを追及して開発された。地鶏というと一般的に赤みがかった色合いで、旨みは強いが歯ごたえのある肉質が苦手という人もなかにはいる。その点、「長州黒かしわ」は現代人の好みに合わせ、適度な歯ごたえがありながらも柔らかくジューシー、噛めば噛むほどに味が出てくるような肉質で、子どもからお年寄りまで幅広く好まれる鶏となっている。
山間地の鶏舎で、のびのびと育つ
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長州黒かしわを専門に飼育している農場「扇舎fanfarm(ファンファーム)」を訪ねた。名前の通り、山の斜面を使って扇状の形をしている。屋内の飼育密度も1平方メートルあたり8羽以下の平飼いとし、のびのびと飼育されている。
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「よく運動しているので、長州黒かしわはブロイラーに比べて脂身が少なく、低カロリーです。しかも旨み成分のイノシン酸が多く含まれているうえ、ムネ肉やササミには疲労回復を助ける機能成分イミダペプチドの含有量が多く、ヘルシーなのが特長です」と、教えてくれたのは、ファンファームを運営する長門アグリスト代表取締役の末永裕治さんだ。

飼育室は4分割され、鶏を誕生週ごとに分けて管理しており、生育状態の把握がしやすくなっている。扇型のかなめの部分は、鶏舎全体を一元的に管理できる作業スペース。給餌や清掃を効率よく行えるよう、鶏舎のレイアウトにも工夫が凝らされている。
「長州黒かしわの飼育期間は約14週(100日間)、一般的なブロイラーと同等の大きさに育つまで2倍近くの時間がかかりますが、その分肉の旨みが増すんです」と末永さん。

人家から離れた山間地にぽつんと鶏舎が置かれているのには、感染症対策の意味合いもある。鳥インフルエンザを警戒する秋~冬期は、特に衛生管理が厳しく、部外者からの徹底した隔離が行われる。
「1羽でも病気になれば全羽、殺処分になります。抗生物質や合成抗菌剤を一切使わずに育てあげて、出荷するためには必要な措置なのです」と、末永さんは語る。
循環型農業に力を入れるファンファーム

長州黒かしわの餌として利用される飼料用米の肥料として黒かしわの鶏ふんを利用する他、大豆、麦など廃棄されていた規格外作物を飼料として農家から買取り黒かしわに食べさせる。安心安全の確保とともに、ファンファームでは環境への負荷を少なくするため、養鶏の資材や農場から出る廃棄物も管理し、地域内で循環させる循環型農業の取り組みにも力を入れる。
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そしてファンファームからでた鶏フンは、末永さんが別の場所で営む「堆肥センター」に運ばれ、磯焼け防止のために漁場から駆除されるウニと地元米ぬかなどを合わせて天然の発酵堆肥となる。堆肥は「長州の恵」という商品名で販売され、長門のブランド農作物の栽培に使われている。長州の恵はミネラル豊富で野菜など甘みが増すと近隣の農家に大変好評だ。
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このように、養鶏を起点としながら地域資源をフルに循環させて農業分野のゼロエミッションを実現しようと、末永さんたちは先進的な取り組みを続ける。
塩と玉ねぎとにんにく 長門流やきとりの食べ方
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取材後、市街地へと下り、「長州黒かしわ」が食べられるやきとりの有名店「ちくぜん総本店」を訪れた。その日の朝に絞めたばかりの新鮮な鶏肉が入荷しており、さまざまな部位を味わうことができる。
長門市の場合、「やきとり屋」と名乗っていてもやきとりだけしかない店は少なく、お刺身も自慢だったり、おつまみも豊富だったりする。旅行で訪れる方は一度にいろいろ味わえて満足度が高いだろう。
長門のやきとりの特長は、タレか塩かと聞かれたら塩を選ぶ人のほうが多いこと。鶏肉の間に挟むのは、長ネギではなく玉ねぎ。そしてちぎったキャベツが敷かれて出てくる。さっぱりとして箸休めにちょうどよい付け合わせだ。
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さらにテーブルの上にはガーリックパウダーの瓶が必ずといっていいほど置かれている。七味唐辛子もよいが、ガーリックパウダーをたっぷりふりかけて食べるのが長門流。「長州黒かしわ」に、さらにコクが加わって美味しさが増すので、ぜひ試してみてほしい。また、地元の特産品である「長門ゆずきち」をやきとりにたっぷり絞って食べるのもおすすめだ。
日本海の栄養と山の自然の恵みを受け、のびのびと育てられた長州黒かしわ。海産物と同時に長門を語るには欠かせないこのご当地食材を、ぜひ一度味わってみていただきたい。