旬の水田ごぼう – 水が育む土、野菜、そして人
世界有数のカルデラでもある阿蘇の外輪山を遠くに望み、阿蘇で育まれた地下水は菊池川として地域を豊かに育んでいる。
南北に伸びる、日本列島。その春は、真っ先に列島の南端に位置する九州からやってくる。
ここ菊池市も、もちろん春の只中、城跡にある市内を一望する菊池公園では桜が満開となり、道々には露店がならび夜遅くまで市民の憩いの場となっている。
渡辺さんを中心に、有機栽培・自然栽培にフォーカスした取り組みが広がる地域
古くから農業、酪農が盛んなこの地域に現在、変化が訪れている。
菊池市で「渡辺商店」を営み、地域の無農薬・無肥料栽培、自然栽培の食品のみを取り扱い、インターネットショップ「自然派きくち村」を通して日本全国にこの地域のオーガニックフードを届けている渡辺義文さんを中心に、有機栽培・自然栽培にフォーカスした取り組みが広がり、ムーブメントとなりつつある。
渡辺商店で「冨田さんちの自然栽培野菜」を生産している冨田和孝さんが取り組むのは、自然栽培の野菜。
今はちょうど土づくりの時期で大麦を植えていた。
植えた大麦は収穫せず、土に返す。これは、前の時期の栽培で土に残っている余分な成分をとばし、土地が持っている土本来の力を向上させる取り組みだそうだ。
本格的にはじめたのは7-8年前からで、1枚だったのを少しずつ増やし、現在では14枚の自然栽培用の畑があり、時期や生産物を見極めながら畑毎に作物をサイクルしながら栽培している。
この時期の収穫野菜はネギだった。14枚の畑では少量多品目を栽培し、しっかりと土づくりを行うことが、質を高め生産性を高めるための方法論だと語り、冨田さん自身もいまだ勉強中で、もっとこの分野の知識を整理していかなければと考えている。
そして、旬を迎えた有機栽培水田ごぼう
「七城のこめ」として全国的にも親しまれるこの地域の米。3月~4月は田植え前の時期にあたり、お米作りがオフシーズンになる水田では、ごぼうの栽培を行っており、米とならんでごぼうが菊池市を代表する作物である。
ごぼうを食すのは主に東アジアの地域に限られ、もっぱら海外ではハーブとして用いられているが、この野菜にはポリフェノールであるクロロゲン酸が多く含まれており、渡辺商店の渡辺さんは「ごぼう茶」として世に送り出している。
この地域のごぼうはアクが少なく繊維質も柔らかい良質のごぼうとして全国で評判になっており、まもなく収穫の最盛期だ。
このごぼうを栽培する、村上活芳さん。
「ごぼうは水を好む性質がある。菊池は菊池川をはじめ阿蘇山系の水源が豊富で米作りに適しています。また、ごぼうを米の裏作にすることで、土が浄化されなかにミネラルが入り、連作障害がすくないのも、この地域の特徴です。」
と語る。
もちろん、ここのごぼうも有機栽培によって育てられている。
菊池川沿いに見られる米のオフシーズンの美しい田園風景は、元気に茂ったごぼうの葉でいっぱいで、菊池の水、土に根ざしたごぼうたちはすくすくと育ち、最盛期の収穫に備えている。
この風景は、村上さんが長年、合鴨農法によって化学肥料を使わず、米を育て、ごぼうを育てて作ってきた風景でもある。
「渡辺商店」の渡辺さんは「七世代先を考える」という。
作物を育て、良質な食品として人々の口に届けるだけでなく、冨田さん、村上さんをはじめ、菊池の人々が取り組む環境に負担をなるべく与えず、土とその周辺の環境も育て守りながら行っていく営みに、持続的な未来がある。
こういった動きは、生産者だけでなく様々な分野でも起こりつつある。菊池の水源を守り、水をメインとしたプロジェクトを企画する「水の守り人」の神谷さんは、「菊池川の源流から染みだした1滴の水が集まり菊池川となり、熊本平野を潤し豊かな土壌を形成して、その先の有明海にそそぎ、海も豊かにする」といい、事業を通して菊池の田畑を育てる「菊池の水」を全国に広げ、上流から綺麗にしていく取り組みをしている。
日本神話の時代から名を残すこの地域の水、土、人々は新しいフェーズを迎えさらにその先の七世代先を見据えた営みのサイクルを現在進行系で取り組んでいる。
自然食レストラン「郷乃恵(さとのめぐみ)」
そんな土地で育った新鮮な菊池の野菜たちは、地元の自然食レストラン「郷乃恵」で味わうことができる。
築100年の古民家をリノベーションしたスタイリッシュな作りのこのレストランでは、その時期の旬の食材をふんだんに使われた逸品が、調味料からオーガニックにこだわり調理され振る舞われている。また、供される器も地元の土と水で作陶された片岡耕太郎さん作の器で、旬の食材たちが色とりどりに盛りつけられていた。
この日は、東京から有名シェフなどが招かれ、菊池の人々は今と未来を地酒「菊池川」を酌み交わしながら語らっていた。
そして、菊池の夜は更けていったのである。