地域の食とつながる日本酒。秋を告げる「ひやおろし」の楽しみ方
新酒はかつて「ひやおろし」で飲むのが主流だった
青々とした杉の葉が季節の移り変わりとともに色づき染めていく風情を見せていた
寒い時期にできる新酒に、一度だけ火入れをしてひと夏寝かせ、秋に味わう「ひやおろし」。現代の感覚ではできたてをフレッシュなうちに飲む方が良さそうに思えるが、昔の日本酒はそうはいかなかったと今田さん。
「ほんの20年前くらいまで、できたてのお酒って飲めたものじゃなかったんです。苦味や渋味が強く、荒々しくて美味しくない。それがひと夏熟成させることでまろやかになり、ようやく飲み頃を迎える。だから昔の『ひやおろし』は、『新酒』を美味しく味わう方法だったんですね。醸造技術が向上したことで、繊細できれいな味わいのお酒を造ることができるようになり、『新酒』といえば1月や2月頃に飲む、できたてのお酒を意味するようになりました。現在は火入れをしないで生酒のまま、フレッシュ感を楽しむことが多いでしょう」
日本酒は品質を安定させるために「火入れ」と呼ばれる熱殺菌処理を施すが、当時は搾った後と瓶詰め時の2回火入れを行うのが一般的だった。そんななか「ひやおろし」はできるだけフレッシュ感を保つため、火入れを最初の1回だけ行い、そのまま常温で出荷していたので、“ひや(=常温)のまま卸す”ところからこの名前がついたと言われている。不思議なのは、寝かせておくことで味わいがまろやかになるということ。貯蔵している間、お酒の中では何が起こっているのだろうか。
「できたてのお酒特有のチクチクとした刺激はアルコールに由来します。お酒を寝かせると、そのアルコールと水分が結合して一つになる『重合(じゅうごう)』という現象が起きることで、酒質がまろやかになるんです。さらにできたてのお酒にはガスが含まれていて、それが“麹臭い”と表現されるような不快な香りの原因に。こういったガスや苦味・渋味といった要素も何ヶ月か熟成することで消えていきます。だから『ひやおろし』は飲みやすいんですね」
日本酒の味わいはその土地の食文化と繋がっている
日本酒は全国各地で造られているが、その味わいは産地の気候風土、水、そして食文化とも密接に繋がっている。
「日本酒蔵、醤油蔵、味噌蔵というのは、昔は各まちにあったもの。現代のように流通網が発達していなかった時代は、みんな自分のまちの醤油と味噌を使って料理をし、それに合わせてお酒を飲んでいました。まちで支持されなければ酒蔵は生き残れないので、必然的に土地の食べ物に合う味わいになっていきました」
現在酒蔵の数は減ってしまったものの、地域性は根強く残っている。その味わいは同じ県の中でも多種多彩だが、今回はわかりやすく「東北」「関東甲信越」「北陸・近畿・中四国」「九州」の大きく4つのエリアに分類。各エリアで造られている「ひやおろし」に触れながら、味わいの特徴を教えてもらった。
【東北エリア】
・「FOUR SEASONS ひやおろし」/飛良泉本舗(秋田県)
・「栗駒山 特別純米酒 ひやおろし」/千田酒造(宮城県)
「東北は全体的にさっぱりとした味わいのお酒が多い地域。今日は秋田と宮城のひやおろしを選びましたが、特に宮城と山形はさっぱり系です。秋田は綺麗な味わいながらも、米どころならではの、ぽってりとした旨味があります」
【関東甲信越エリア】
・「岩波 特別純米酒 ひやおろし」/岩波酒造(長野県)
・「御慶事 純米吟醸 ひやおろし」/青木酒造(茨城県)
・「残草蓬莱 特別純米 ひやおろし」/大矢孝酒造(神奈川県)
「関東甲信越エリアは広く、長野県だけでも諏訪・北信・木曽・佐久と4つの地域で全く違う文化を築いています。酒質も同じように多彩で、濃厚なものもあればさっぱりとしたものも。新潟は関東の中でも淡麗なお酒が多く造られる地域で、おそらく近海でとれる淡白な白身魚に合うようになっているのでしょう。またこのエリアは山の酒、海の酒という違いも色濃く出ています。長野、岐阜、山梨、栃木のような山深い地域では、土臭さのある川魚、熊や猪といったジビエを食べます。味噌仕立てにしたジビエなどには、それに負けない力強い味のお酒が必要なので、現在もその名残を感じます」
【北陸・近畿・中四国エリア】
・「宗玄 純米 山田錦65% ひやおろし」/宗玄酒造(石川県)
・「竹泉 純米吟醸 雄町 ひやおろし」/田治米(兵庫県)
・「特別純米ひやおろし 山装ふ」/山根酒造場(鳥取県)
「北陸といえば富山・石川・福井の3県。富山は新潟に似た淡麗タイプ。石川と福井は関西とのつながりも深かったため、料理も関西風のしっかりとした味付けが多く、お酒もがっちりとした風味があります。鳥取県は特殊な地域で、非常にしっかりとした飲みごたえのあるお酒が多いです。個人的にはとても好みな酒質です」
【九州エリア】
・「天吹 雄町 ひやおろし」/天吹酒造(佐賀県)
「本州と海を隔てた九州はまた違った文化があり、特徴としてはやはり食べ物が甘いこと。南九州に行けば醤油にもお砂糖が入っているのは有名ですよね。甘くて濃い料理に負けないのは、やはり少し甘味の強いお酒。佐賀県の天吹は花酵母をよく使う造り手で、香りも華やかです」
適温にこだわることで銘柄の真価が味わえる
秋を迎えてやっと飲めるようになる「ひやおろし」。銘柄ごとに異なる個性豊かな味わいを最大限に楽しむための方法は、飲む時の温度にこだわること。居酒屋に行くとキンキンに冷やされた冷酒で出されることが多いが、冷たくして飲むのは、生酒などのフレッシュさを楽しむお酒に向いた温度。その他のお酒は温度が低すぎると、苦味が出てしまう。適温を見極めるには、やはりプロの技術に頼りたい。
「日本酒はぜひ適温で飲んでいただきたいです。お酒によってベストな温度は違っていて、今日選んだ『ひやおろし』の中でも、ひやで美味しいものもあれば、熱めの温度でぐっと旨味が上がるものもある。素人では判断も温度調節も難しいので、温度にこだわって提供してくれる飲食店に行ってみてください。信頼できる専門誌で紹介しているお店なら安心ですよ。また提供温度だけでなく、お酒を保存する時の温度も大切。ワインと同じで、日本酒も15℃くらいの一定の温度で保管すれば熟成します。そうやって時間をかけて味わいの変化を楽しむことができるのも、日本酒の魅力の一つなんです」。
秋の風物詩「ひやおろし」。今年は少し温度にもこだわって、季節の味わいを楽しんでみてはいかがだろうか。