氷見の魚問屋が目指した「ほたるいか沖漬け」の新境地
富山県氷見市にある魚介卸業者・松本魚問屋は、ほたるいかを沖漬けにして販売。「毎日おさかなひとくち」の願いをこめて、富山湾の味覚を各地に届けている。
松本魚問屋の「ほたるいか沖漬け」について、おすすめポイントを紹介しよう。
サステナブルな伝統漁法
およそ400年間受け継がれてきた定置網漁でほたるいかを漁獲。定置網漁はサステナブルな漁法として近年注目を集めており、ほたるいかの身に傷をつけることが少ない。
幅広い世代で楽しめるまろやかな味つけ
塩分を抑えた味つけで、子どもも大人も美味しくいただける。消費者の「魚離れ」を懸念し、手間のかからないアレンジレシピも積極的に発信している。
富山湾の複雑な地形が産んだ“天然のいけす”
日本海側の中央に位置し、能登半島に抱かれた富山湾。「いわば天然のいけす」とも呼ばれ、冬の寒ぶりを筆頭に、春のイワシや夏のマグロなど300種もの魚介が水揚げされる。
豊富な魚種は、起伏に富んだ海底が関係している。沿岸近くから深海に落ち込む急勾配になっており、最深部は1000メートル以上に達する。暖かい対馬海流と低温の深層水が層を成しており、暖流系・冷水系の魚介が生息。立山連峰からの河川水が流れこむ海底谷ではプランクトンが培養され、これらが魚のえさになる。
富山湾を望む富山県氷見市で、創業100余年の歴史を誇る魚介卸業者が松本魚問屋だ。数ある氷見の魚問屋のなかでも、取り扱う魚種の多さはトップクラス。近年は卸業のみならず、飲食店を運営したり加工品を製造するなど、あらゆる角度から魚の美味しさを追求する。
伝統漁法で獲れたほたるいかを、新感覚の沖漬けに
松本魚問屋が手がける加工品のひとつに「ほたるいか沖漬け」がある。ほたるいかは、寒ぶりと並ぶ富山湾の名産。3月から6月にかけての産卵期は、沖合に雌の大群雄が押し寄せる。このとき、ほたるいかは青白く発光。海面に幻想的な光の帯が表れる。富山湾だけに見られる不思議な現象で、春の風物詩として親しまれている。
「富山湾で獲れるほたるいかは大ぶりなんです」。そう話すのは、松本魚問屋で加工品の開発を手がける山下貴民シェフ。富山湾産ほたるいかは、大きいもので体長7センチほど。栄養を蓄える産卵期は丸々と太り、身がはちきれんばかりに。
「きれいな身も売りのひとつです。その理由は、富山湾で400年以上続く定置網漁にあります。定置網漁は海底に網を固定する漁法なので、底引き網漁と比べてほたるいかに傷がつきにくいんです。また、定置網は一度入った魚が逃げ出せる構造になっているので、水産資源を獲り尽くさないサステナブルな漁法として近年注目を集めているんですよ」と、山下シェフ。
松本魚問屋の沖漬けは、醤油味・醤油麹味・塩麹味の三種類。水揚げ後に急速冷凍されたほたるいかを使っており、加工の際は鮮度を保つために半解凍状態で作業が進められる。目取りは、一匹一匹手作業で。根気のいる作業だが、機械化が難しいほどほたるいかの身は繊細なのだ。
下処理を済ませたほたるいかを漬けタレとともに瓶詰めにしたら完成。必要以上に手を加えないのは、素材への自信の表れ。“お刺身に近い食感”をうたうのにもうなずける。
沖漬けといえば一般的に強い塩味をイメージするが、こちらの「ほたるいか沖漬け」は一味ちがう。例えば「醤油味」の漬けタレは 煮切った清酒と醤油のみを使い、まろやかな仕上がりに。ほどよい塩味がほたるいかのうま味やイカワタの濃厚な風味を際立たせる。
この味わいは、漬けタレの絶妙な配合があってこそ。塩味を立たせると塩辛くなるし、塩味を抑えすぎると沖漬けらしさが失われることに……。山下シェフは試行錯誤を重ねて、理想の味を追求した。
「一般的に売られている沖漬けのなかには、塩味が強いものも少なくありません。お酒の肴には申し分ないのですが、私はあのしょっぱい味つけがちょっと苦手で……。私のような者もふくめた万人から親しまれる味を追求した結果、優しい口あたりの沖漬けに行き着きました。調理のイメージとしては『まぐろの漬け』に近いと思います。もちろん、塩味が強い沖漬けを製造することも可能なのですが、すでに販路を築いた既存メーカーの間に割って入るわけにもいきません。結果的にいい差別化になったのではないでしょうか」と、山下シェフはふりかえる。
「醤油麹味」と「塩麹味」もこれまでにない味に仕上がった。前者は「醤油味」に麹の芳醇な香りを重ねたような味わい。後者は、麹由来の上品な香りが鼻を抜け、ほのかな甘みがあとを引く。
麹を自家製するにあたって、同県南砺市で100年以上続く「石黒種麹店」の種麹を使用。炊いたお米に種麹を投入して、湿度や温度を調整しながら発酵を見守る。塩麹は、発酵の良し悪しが味にダイレクトに響くのでとくに気をくばったという。
山下シェフは「石黒種麹店さんに味を見てもらいながら、完成に近づけていきました。麹は、ほたるいかの生臭さを消す効果もあるのでより食べやすくなります」と、満足気に語る。
購買層はミドル世代に定め、パッケージデザインは外部のデザイナーに依頼。インク瓶のようなパッケージは、直売店やアンテナショップでもひと際目を引く存在だ。
レシピに込めた「毎日おさかなひとくち」の願い
3種類の「ほたるいか沖漬け」はアレンジが自在で、料理の食材としても使える優れモノ。山下シェフにおすすめの食べ方を聞いてみた。
「かんたんなアレンジでしたら、卵黄と和えてみてはいかがでしょうか? イカワタと卵黄の濃厚な味わいがマッチして、ごはんやお酒のおともにぴったりです。あとは、パスタと一緒に炒めるのもおすすめ。ほたるいかのうま味が溶けた漬けタレをそのまま調味料として使えます」とのこと。
そのほか「新若芽の辛子味噌和え」「菜の花の炊き込みご飯」「新若芽のお椀」など、山下シェフは自ら考案したレシピを松本魚問屋のオンラインストアや動画配信サイトで発信している。「ほたるいか沖漬け」だけではなく、「ひみ寒ぶりの漬け」「氷見鰯アンチョビ」「たい唐揚げ」といったほかの自社商品を余すことなく堪能できるレシピも充実。
レシピのポイントは、ちょっとした手間で美味しい料理に変身すること。その根底には、松本魚問屋が掲げるスローガン「毎日おさかなひとくち」が息づいている。「魚離れ」が叫ばれている昨今、松本魚問屋はその一因が調理の手間にあると分析。「いかに魚文化を残していくか?」「気軽に魚を食べてもらうには?」。突きつめた結果が、簡単な調理でも美味しくいただける加工品だったというわけだ。
「もちろん、開封してすぐに食べられるものばかりですが、それだけではちょっと味気ない。食卓に加工品をそのまま出すことに抵抗を覚える人もいるでしょう。それをふまえてのレシピ提案でもあります。富山湾の味覚に触れていただけたら、ぜひ現地にも足を運んでほしいですね。海面を彩るほたるいかは見ものですよ」と、山下シェフ。
富山湾の恵みを一人でも多くの人に味わってほしい――。そんな思いから生まれた新感覚の沖漬け。まずはそのまま口に運んで、魚問屋の矜持を噛みしめてほしい。