SHUN CURATORS (August 2014)
“風土の匂い”まで味わって欲しい
― 料理家 有元くるみさん
その土地独特の個性。
気候や匂いや風の音、そして人々の表情など。
言葉で表現することが難しい五感の世界。
そうした風土の個性を「食」という切り口で追求する料理家がいる。
料理研究家で有名な有元葉子さんを母に持ち、幼少の頃から様々な料理に慣れ親しんできた有元くるみさんだ。有元さんは、世界中を旅しながら、そこで出会った様々な食文化を題材にケータリングや料理教室を積極的に開催している。その飾らないライフスタイルを含め、女性を中心に多くのファンを持つ。
そんな有元さんに、いま改めて「日本の食文化」に関して、話を聞いた。
記憶と食はリンクしている―
料理家としての活動も長いと思いますが、現在、料理とはどんな関わり方をしているのですか?
以前は神奈川県の葉山にカフェスタイルのお店を経営していました。ただ、次第にひとつの場所でずっと料理を作るスタイルが自分に合っていないと感じ、もっと外に出ていって料理のいろんなことに関わる仕事がしたいなと。そんな気持ちが強くなっていったので、お店を閉めることにしました(笑)。現在は、日本の地方に行って料理教室を開いたり、フェスティバルやパーティーでケータリングをお願いされたり、出店したりしています。他にも料理を作るだけじゃなくて、旅に行って食ベ物に関する取材をしながら、そこで出会った食文化をテーマに料理教室を開いたりと、その繰り返しです。また、料理教室は海外でも開いています。昨年はモロッコで開催し、知り合いがやっている邸宅宿で地元のお母さん達に日本料理を教えました。そのとき教えた日本料理はダシをとるところからの味噌汁作りとか塩糀とか。ダシや麹の繊細な味付けにすごく興味を持ってくれて喜んでくれました。もちろん、その代わりに私はモロッコ料理を教えてもらいました。
旅と食をテーマに活動を始めたのはどうしてですか?
本格的に始めた理由は、旅雑誌の取材を受けた際、自分が旅をして文章を書かなければいけないことになったからなんですけど、子供の頃から、土地と食べ物というか、記憶と食べ物が一緒になっていて、そういうことにすごく興味がありました。だから、人生で初めて海外に行ったときから、食べ物のことはすごく覚えています。小学生の頃、カリフォルニアにサマーキャンプに行ったことがあって、そのときに食べたものは今でも全部覚えています。ピクニックに行く時にサンドイッチ用のライ麦のパンにチーズとハムとマヨネーズをつけたのを積み重ねたものとか、ピーナッツバターとジャムがべったりと塗られたサンドイッチとか、すごく真っ赤な色のフルーツジュースとか。全然美味しくないんですけど、それがアメリカの記憶として今でもはっきり残っています。記憶と食がリンクしているのは面白いなと思って、旅と食の関係を大切にしています。今ではインドやモロッコ、イタリアのシチリア、スペインのバルセロナやバスクなど、いろんな場所に行っています。そしてそこで出会った食文化を伝える。ただ料理を食べてもらうだけではなくて、行った国の地域の匂いとか湿気っぽい感じとか、乾燥しているカラッとした感じとか、目に見えないものを料理として表現し、器とかも土地の風土に合わせて考える。それを伝えるのが自分の役目だし、その料理をきっかけに、実際にその土地に行って欲しいと思います。
風土にあった食体験を大切にして欲しい―
海外を旅することで、日本の食文化の魅力を再発見することも多いのではないですか?
そうなんです。海外に行けば行くほど、日本の食文化ってすごいと感じています。変なところもいっぱいあるけど、いいところもいっぱいある(笑)。とにかく、何を食べても美味しい。旬という考え方もそう。この時期だから、これを食べるという意識が高い。二十四節気七十二候があるように、季節の移り変わりを細かく大切にして生きている繊細さ、それに基づいた旬の食材や料理を楽しむことをこれからも代々伝えないといけないなと思います。それと日本人って食感を大事にしていますよね。蒸したり揚げたり煮たり漬けて置いたり。一度の料理の中に、いろんな食感が詰まっている。こんな食文化はどこにもない。そういう手間暇をかける文化は大事にしていきたいです。他にも季節をあらわす色の表現などもあり、私ももっと勉強しなきゃと思いますね。それとなんといっても、日本は本当に食材が豊富ですよね。その土地その土地で特徴的な食材が多い。特に野菜とか、調味料、お味噌だとか日本酒だとか、同じ料理ひとつとっても、北と南では材料や使い方が微妙に違い、地方によってその味が甘かったり辛かったり。本当に奥深いです。
日本の各地方にも行かれていると思いますが、好きな場所はありますか?
一番好きなのは鹿児島です。去年は仕事も含めて3.4回行ったんですけど、自分が求めているものがすべてそろっていて、とにかく居心地がいい。一番の魅力は人口が少なすぎず多すぎずで、ちょうどいい人の多さ。海も山もあって、自然が豊かで、食材も安くて市場も沢山ある。南だからいろんなものがとれるじゃないですか。特に「まめもやし」は印象的で。市場に「まめもやし」だけ売っているおばちゃんのお店があるのですが、木箱に、すごく素敵に、整然と並べられているんです。そのまめもやしが本当に美味しいんです!サッと茹でて、ごま油、豆板醤と軽く塩コショウして。あっさりとしたナムルのような感じで忘れられない食感。あとは東京にはない野菜がいっぱいあるんです。トイモガラとか知っていますか?芋の茎みたいなものなのですが。これどうやって食べるんだろうと思って、わくわくするんです。鹿児島は、その土地の持つ匂いが強烈で、印象的でした。
風土にあった食体験を大切にして欲しい―
日本に興味を持っている海外の方には、日本をどのように楽しんでもらいたいですか?
とにかく、モノが作られている「土地」に行くべき。東京で飲む泡盛と、実際に沖縄に行って飲む泡盛って、本当に味が違う。美味しく感じる。日本人もそうだけど、知っているけど行ったことがないところが多いと思う。だからこそ、「そこに行くべき、行こうよ!」って。食べ物はその風土の匂いのようなものが絶対にあるから、それを感じてもらいたい。あとは、私が海外に行って美味しいなと思うのは、地元のお母さんが作ってくれる家庭料理だったりします。だから日本でも、居酒屋の家庭料理とか、魚屋さんが裏でひっそりとやっている定食屋とか。そういう場所にも足を運んで欲しいですね。その土地の風土ということであれば、東京なら高架下で飲むというのもいいですね。それが「東京の持つ風土」「東京ならでは」といえるかもしれない。その土地ならではの「食の体験」をもっとして欲しいと思います。
今後はどのような活動をされていく予定ですか?
そろそろ違う動きもしたいなと思っています。料理教室とはまた違ったイベントの開催とか。農家さんの家を借りて、20人くらいの規模の参加者で、その土地の食材で作った料理やお酒を一緒に楽しむような。その土地の景色と料理をまるごと味わうようなイベントを考えています。海外の方にも是非参加して欲しいと思います。
Writer : TAICHI UEDA
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Photographer : CHIZU TAKAKURA