郷土を宿す偉大なる名脇役「七味唐辛子」
約400年の歴史を誇る調味料
そばやうどん、味噌汁などなにかと七味唐辛子の出番は多い。日本食にあまりない強い辛味から、中国生まれかと思えば、なんと発祥は日本。一般的な七味唐辛子は、その名の通り、七種類の唐辛子や香辛料などがブレンドされたもの。最近では、洋風の食事向けのものや、ポン酢や味噌などの調味料にブレンドされたものなど、多様な進化を遂げている。
七味唐辛子が生まれたのは寛永二年(1625年)、およそ400年前にまでさかのぼる。からしや徳右衛門が、漢方薬に着想を得て、唐辛子をはじめ七種の素材を配合した「七色唐辛子」を開発。現在の東京都中央区(両国橋界隈)で、開業地の通称「薬研堀」を由来とする「やげん堀」の屋号を掲げ七味唐辛子の販売をはじめた。独特の風味はもちろん、目の前で調合するライブ感が評判を呼び、七味唐辛子はまたたく間に江戸に拡がった。三代将軍、徳川家光の献上品にも認められたということからも、当時の人気ぶりがうかがえる。
ヒット商品を追随するのはいつの時代もおなじこと。七味唐辛子の人気は江戸にとどまらず各地に波及。いまや長野県、京都府でもその土地の名物になるほど根づいている。
製法に映された地域の文化・習慣
「もともと一味唐辛子はあったのですが、辛すぎて好き嫌いが分かれていたのかもしれません。初代は唐辛子をもっと身近なものにできないかと、吟味を重ねて七味唐辛子を完成させたそうです。完成するまでは、三味唐辛子や五味唐辛子だった可能性もありますね。漢方薬に着想を得たと言われていますから医者や薬問屋が多かった薬研堀の環境も開発のヒントになっていたのではないでしょうか」。
そう話すのは、やげん堀の柏谷晃店長。ひとくちに七味唐辛子といっても、使う香辛料や配合は製造業者によって千差万別。製造業者の数だけ製法が存在するというわけだ。やげん堀は、初代のレシピに倣い、唐辛子、焼唐辛子、けしの実、麻の実、粉山椒、黒胡麻、ちん皮(柑橘類の皮)を使用。辛さのベースである「大辛」「中辛」「小辛」は、二種類の唐辛子の配合率を変えることで調整している。それがやげん堀七味唐辛子の最大の特長。唐辛子と焼唐辛子が重層的にまじわり、辛味に深みが増す。
ちなみに「七味唐辛子」という名は本来関西地方での呼称。やげん堀は当初「七色唐辛子(なないろとんがらし)」の名で売り出していたが、昭和二十一年(1946年)に業界全体で「七味唐辛子」に統一されたという。
「おもしろいもので、地域によって七つの素材が微妙に異なるんです。長野県は生姜が入っていたり、京都では青のりや白胡麻を使っていたり。きっと、その土地で入手しやすい材料や郷土料理の味に合わせて、内容が変わったんでしょうね。辛さの強い関東の七味に比べて、関西の七味が香りを重視しているのは食文化の違いが影響しているのでは?」。
七味唐辛子に含まれる香辛料の効能にも注目したい。たとえば、唐辛子・焼唐辛子、山椒に含まれる辛味成分には食欲増進の効果。けしの実や麻の実にはカルシウムや亜鉛、鉄分といったミネラル分、黒胡麻は各種ビタミン、ちん皮はポリフェノールの一種であるフラボノイドを含んでいる。七味唐辛子が江戸で流行った理由のひとつは、これらの効果を期待してのものだったのではないだろうか。
①唐辛子
主成分はカプサイシン。食欲増進作用、アドレナリン分泌促進作用による新陳代謝の向上・成人病の防止効果、抗酸化作用、免疫力の向上、殺菌作用が期待できる。
②焼唐辛子
主成分・効用は生唐辛子と同様。焙煎することで香りが増し、辛味がまろやかになる。
③陳皮
みかんの皮を乾燥させた生薬。リモネン、フラボノイドなどを含み、利尿作用、咳止めの効能が期待される。
④黒胡麻
抗酸化作用のあるビタミンE、B1、B2と動脈硬化を防ぐリノール酸、オレイン酸などの不飽和脂肪酸を多く含む。
⑤麻の実
必須脂肪酸、食物繊維、亜鉛や鉄分などのミネラル分が豊富。腸の働きの改善、皮膚炎の予防、老化防止の効果がある。
⑥けしの実
タンパク質の他、カルシウムなどのミネラル分が豊富。整腸作用があるとされる。
⑦粉山椒
辛味成分サンショールが胃腸機能を亢進させるため食欲増進や消化促進の効能が期待され、脂の多い食材に合う。
職人の経験がものをいう老舗の風味
やげん堀のこだわりは製法だけにとどまらない。店頭での調合販売もまた、徹底して守ってきたスタイルだ。
「基本的に、三種の辛さがベースになりますが、『辛味をもっと強くしてほしい』とか『麻の実を抜いてほしい』といったお客さまの要望にも対応しています。お好みのオーダーができるのがポイントですね」。
そう話しながら、七味を調合する柏谷店長。
七つに仕切られた香辛料に木さじを入れて、調合用の器にすくっていく。てきぱきとした手さばきは迷いがなく正確。目の前で展開する軽快な所作は、ある種の様式美さえ感じさせる。
茨城県にある製造工場では、製造工程の大部分を機械作業が占めている。しかし、長年の経験を積んだ職人の技術なくして、やげん堀の味は完成しない。その日の湿気や室温などに大きく左右される焙煎や製粉の仕上げは、全てを機械任せにはできないからだ。麻の実に至っては一粒一粒を目視で選別する。「こういうやり方はいまの時代に合わないかも」と柏谷店長は笑うが、その言葉には由緒あるやげん堀の矜持があふれていた。
七味唐辛子の楽しみ方は十人十色
香りと辛さが命の七味唐辛子は、調理用ではなく、食べる直前の「最後のひとふり」に使うのが正解。おすすめの使い方を柏谷店長に伺った。
「うどん、そばに使うのは定番ですよね。そのほか納豆や冷奴、盛りそばならば、そばに直接ふるのが通。野菜炒めや肉料理も七味の出番。山椒が脂っこさを軽減してくれるんです。個人的には白菜の漬け物には欠かせないですね」。
七味唐辛子の製法は変わらずとも、現代と江戸時代とでは食文化が大きく異なる。江戸の味覚の担い手は、時代の移ろいをどう捉えているのか。
「製法や調合販売を守るのはもちろん重要。その一方で、まだまだやげん堀を知らない方がたくさんいらっしゃいます。昨今の外食文化の普及、核家族化によって食卓で七味を使う機会が減ってきました。それなら、持ち歩ける(携帯型)七味入れを提案する。若者に七味の味を知ってほしいなら製菓メーカーとコラボする。そのように時代の流れをキャッチし続けて、先人から引き継いだバトンを後世に伝えていきたいですね」。
時代ごとのライフスタイルに合わせて、まさに「七色」の変化を見せる七味唐辛子。一人ひとりが自分流の楽しみ方を見つけることが、七味唐辛子を後世に伝える第一歩になるはずだ。