四季を堪能する美しい“器”と“おもてなし” ―加賀 山代温泉 あらや滔々庵
季節や地域に合わせたこだわりの器に盛り付けられた四季折々の食材。そこには、作り手のおもてなしの精神が表現され、より一層、食材が持つ“旬”の魅力を放つ。こうした食を彩る器とおもてなしによって、我々はその地域が育んだ“旬”の食材を視覚からも愉しみ、味わうことができる。
石川県、加賀市に位置する山代温泉は美食家として名を馳せた芸術家、北大路魯山人のゆかりの地。土地柄、九谷焼に代表される磁器の優れた作家が多く、旅館や料亭で供される食事を盛りつける器へのこだわりも強い。加賀の地へ訪れた人を、美食でもてなすとともに、厳選された器で視覚的にも興を添えること忘れない。
ここ山代温泉で八百余年と続く老舗宿の「あらや滔々庵(とうとうあん)」(以下あらや)は北大路魯山人の作品をはじめ、貴重な磁器作品を多数所蔵する。あらや館主の永井隆幸さんは、毎日厨房に立ち、料理長とともにメニューを考えるだけでなく、お客様一人一人に対して最適な器を選ぶ作業を怠らないという。そんな永井さんに、器からはじまる、おもてなしの極意を伺った。
器を通して感じる日本の四季
あらやでの食事に使用している器は地元作家の作品を多く扱う。例えば、石川県を代表する伝統工芸の九谷焼でも、昔ながらの青手(青色を多く使った大胆重厚な構図の器)の作品を得意とされる作家のものや、赤絵(赤色中心の繊細で綿密描かれた器)で有名な作家のものを扱い、また、九谷焼以外にも、山中の漆器、古い骨董、魯山人作品の写し(レプリカ)など、食事を通して地元の魅力までを堪能していただけるようにさまざまな器を使用する。
あらやが地元作家の作品を扱う理由は、加賀の地に訪れた人たちに地元の伝統工芸の魅力に触れて欲しいという想いがあると永井さんは話す。
「加賀には国内だけではなく、世界中に顧客を持つ素晴らしい作家さんが多数いらっしゃいます。その作家さんたちがつくる器の魅力を、もっと一般の多くの方たちにも触れていただきたいと思っています。加賀へ足を運んでくださった方に九谷焼きなどの伝統工芸の魅力を知っていただくことも、旅館としての大きな役割と考えております」。
そして、永井さんは加賀の四季を感じてもらうためにも器の存在は欠かせないと話す。
「季節が変わると、周りの風景が変わり、食材が変わる。それに合わせて器も変えていきます。“旬”の食材があるように、器にもぴったり合う時節があります。また、冬に初めていらしてから、春、夏、秋と季節ごとにいらしてくれるお客様もいらっしゃいますので、そういった方に器を含めた食事を通して加賀の四季をより感じていただけますように日々、考えています」。
細部にまで渡った美しいおもてなし
あらやの食材と器のセレクトは永井さんと料理長が毎日、朝に打ち合わせをして、お客さまに料理をお出しする直前に決めていっているという。
「お客さまのなかには、ご年配の方で量をお召し上がりにならない方、常連の方、お若い方、ご家族連れの方、様々な方がいらっしゃいます。お客さまの細かい特徴に応じて食事をお出しするためには、全体を見ている私自身が料理人をサポートするのがベストだと考えています」。
永井さんのおもてなしへのこだわりは食材と器だけではない。館内の装飾やしつらえ、食事を出すタイミングなどにも気を配っている。お客さまにくつろいで、満足していただくためにも細部にまで渡った人々を魅了する美しいおもてなしを心掛けている。
「食事は、その時だけでなく、そこに至るまでのお時間の過ごし方や、館内の雰囲気など、空間を楽しんでいただくことを大切にしています。例えば、遅い時間にご到着されたお客さまでも、一度温泉につかっていただき、浴衣に着替えていただく。そうするだけで食事をより美味しく感じていただけると考えています」。
北大路魯山人との出会い
八百余年という長い歴史の支えと誇りあってこその、あらやのおもてなし。また、この歴史のなかで、おもてなしが育まれてきたのも、常にまわりにいいお手本となる出会いがあったという。そのひとつが、先代の十五代源右衛門と北大路魯山人との出会いだった。
「テレビやインターネットなどがなく、情報を取得する手段に乏しかった当時、温泉宿は、旅の人から情報を得られる貴重な場でした。文化的なサロンとでもいえましょうか。そこにあらわれた、魯山人はまだ無名ながら歯に衣きせぬ物言いで気難しい存在だったと聞いています。疎まれてもおかしくない難しい人柄ながら、『わかる人にはわかる』魯山人の才能に魅せられた当時の旅館の旦那衆は、書画や看板などを注文して魯山人の生活を支えるなど、お互いを認め合い、作品づくりや旅館のおもてなしなどを高め合えるいい関係だったといいます」。
永井さんは北大路魯山人の“まだ、大丈夫ほめられないから”という言葉を教えてくれた。永井さんはこの言葉を「ほめられるのには必ず裏がある、常に自分の作品を客観視して美的感覚を磨くことを片時も怠らないように自分を戒め続けていた魯山人ならではの言葉だと解釈しています」という。そして、あらやもこの魯山人の言葉のように、周りの評価に満足することなく、客観的な視点を持ち続けながら、これからも自分たちを磨いていきたいと話す。
今でも、あらやでは北大路魯山人の器や、図録、文献などをお手本にすることが多いという。「そのおかげで、ここでしかできないおもてなしを感じて頂ければ嬉しく思います」と、永井さんは話す。
日本海、加賀平野、白山麓と四方を自然に囲まれた石川県加賀市の“旬”な食材は地元作家の作品とおもてなしの精神によって、あらやでしか味わえない“旬”の贅沢をつくりだしている。
うつわ蔵の紹介
あらやでは、取り扱っている器を購入したいというお客さまの要望をうけて、実際に、地元作家がつくった九谷焼、山中塗りを中心とした作品や、北大路魯山人写しの器を購入できる店舗「うつわ蔵」をオープンした。 2015年3月14日に北陸新幹線の開通によって石川県へのアクセスが更に便利となるこの機会に加賀に訪れてみて、是非、趣のある「うつわ蔵」に並ぶ加賀の魅力を表現した器たちに触れてみていただきたい。
住所 | 石川県加賀市山代温泉通り1-3(女生水前) |
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TEL | 0761-77-1919 |
営業時間 | 9:30-17:00 |
定休日 | 木曜日 |