瀬戸内で味わうタコ文化の“おもてなし”
経験と勘だけが頼りの名人技 “タコつぼ漁”
タコは水温が安定し、水の澄んだ環境でないと生息できない性質で、砂場や岩場が多くエビやカニなどの餌が豊富な海域で美味しく育つとされる。瀬戸田の海はタコが生息していくのにぴったりの環境が整っているのだ。
毎年一定の禁漁期間を設けるなど、漁師らは漁場を大切に守りながら長い時を経てタコ文化を育んできた。
瀬戸田のタコの漁法は、昔から代々受け継がれているタコつぼ漁。いったいどんな漁法なのか。タコ漁師の一人である辻󠄀節男さんが特別に漁に同行させてくれた。
タコつぼ漁は、全長約1000mのロープに120個ほどのタコつぼを付け、漁業者ごとに決められた海域の底に10m間隔で沈めておこなわれる。
辻󠄀さんは港から沖に出ると、自分が仕掛けたロープが沈むエリアまで一気に船を寄せる。この時ブイなどの目印はなく、島と山の稜線の関係を頼りに目分量で位置を割り出すのだそうだ。船を止めると、金具のフックを海底まで沈め、ロープを引っぱり上げる。潮の流れを読みつつ船を前後左右に微調整しながら、海底のロープを探し当てフックを引っ掛けるのだ。普通の人であれば1日かけても難しそうな作業を辻󠄀さんはわずか2〜3分で済ませてしまう。
「タコつぼ漁はとにかく経験と勘がすべて。ほとんど自分の目では見えない作業の連続だから。自分も最初はぜんぜんダメやった」と辻󠄀さんがはにかむ。
ロープが引っ掛かれば、いよいよタコつぼの引き上げだ。120個のつぼを潮の流れに沿って船を動かしながら1個ずつ引き上げていく。つぼの中にタコがいるのかいないのか緊張の連続。この日は不漁でなかなかタコがかからなかったが、それでも6匹ほどのタコを捕獲。多い日では、3個に1個はタコが入っているそうだ。大きいものでは3kg以上のタコが捕れる時もあるというから驚きだ。
「地道な作業で手間もかかるけど、タコの体に傷がつきにくいから、この漁が一番いいやりかたなんやと思うよ。つぼを引き上げる時はいつもドキドキする。大きいタコがつぼから出てきた時は嬉しくて嬉しくて。寒いのもつらいのも忘れるよ」。
タコの旨みを引き立てる昔ながらの郷土料理
瀬戸田の海域は潮の流れが速いため、タコがそれに流されないよう岩場にしっかりと足を張り付け踏ん張るので、足が短く太くなり、身が引き締まった美味しいタコに育つ。
瀬戸田では、その新鮮で肉厚なタコを使った郷土料理が昔から数多く存在する。生口島内にある食事処「はまや」では地元ならではのタコ料理のフルコースを堪能できる。
最初にテーブルに並んだのはタコの刺身としゃぶしゃぶ。
透明感がある鮮度抜群のタコに醤油をたらし、一切れ口に運ぶと、そのプリプリとした食感と後に引く何ともいえない甘みに思わず顔がほころぶ。
しゃぶしゃぶは、瀬戸田産のレモンが利いた薄口の出汁にタコをサッとくぐらせる。タコの甘みとレモンの酸味が上手に絡み合い、これまた絶品だ。
「こっちでは当たり前だけど、活きのいいマダコを生のまま食べられるなんて普通はできないよ。生きたタコを暴れながらさばくのは大変なんだけど、生きたタコは味が違うから。もう甘みが全然違う」と、店主の新地正明さんが自信を覗かせる。
次にいただいたのが、地元では家庭料理として親しみがあるタコ天。サクサクとした揚げたての衣の中には、噛めば噛む程に甘みがにじみでる大ぶりのタコがずっしりと。足を丸ごと一本揚げた特大サイズのものから、昔はタコの頭から足まで丸々揚げる風習もあったそうだ。
そして最後の締めくくりとして登場したのがタコ飯だ。ブツ切りのタコに醤油・酒・みりんなどを米と一緒に混ぜ込んで炊き上げたもの。タコの出汁でうっすらと赤く染まったご飯には、タコの独特の風味と甘みがしっかりと染み込んでいる。話を聞けば、もともとは漁師が捕ったばかりのタコを船の上でさばいて、白飯と一緒に炊き込んで食べていた漁師飯なのだそうだ。
「ここの島では、どこの家庭でもお店でもタコ飯は作るよ。ただ、みんな作り方はそれぞれ違う。正解とかはないからね。もちろんうちのタコ飯のレシピも企業秘密(笑)。いろいろ食べて、味の違いを楽しむのもいいかもね」と、新地さんが教えてくれた。
捕れたての瀬戸内海の恵みを、その土地ならではの知恵でいただく。
現地に訪れないと決して味わうことができない貴重な体験が日本各地にあることを瀬戸田のタコが改めて教えてくれた。
尾道市瀬戸田町のタコ
情報提供:タコ漁師 辻󠄀節男さん“旬”の時期
夏が漁の最盛期だが、年中美味しく食べられる
目利きポイント
生の場合、目が黒く澄んでいてきれいなもの、
皮が赤ではなく紫のものが新鮮
美味しい食べ方
文中の料理法のほかに、
フライパンで焼いて水分を飛ばしてから、
バターを入れて炒めたバターソテーもおすすめ