地域の伝統と熱意を振る舞う 地元産出雲そば

島根県松江市
出雲そば
(取材月: November 2016)
縁結びで有名な出雲大社をはじめ、寺社仏閣が数多く集まる島根県。 “神々のふるさと”ともいわれるこの地では、古くから出雲大社の参拝客や松江城下の庶民に、そばがよく食べられてきたという。

いまでも出雲大社周辺や松江市内には多くの老舗そば屋が立ち並び、出雲そばは島根県の代表的な郷土料理となっている。

出雲に受け継がれるそば文化

釜揚げ

信州そば、わんこそばとともに「日本三大そば」といわれる出雲そば。江戸時代初期、松江藩・松平家初代藩主松平直政公が信州松本藩から移ってきた際に、そば職人を連れてきたことから出雲地方にそばが広まったといわれている。

出雲そばは、その食べ方に特徴がある。そばには珍しい「釜揚げ」と、“割子(わりご)”と呼ばれる器に入れて、つゆや薬味をかけて食べる「割子そば」だ。

「釜揚げ」は出雲大社近辺が発祥といわれている。

全国から神様が一堂に会するといわれる「神在祭」(旧暦10月)の頃が新そばのシーズンということもあり、屋台を出して参拝客にそばをふるまっていたのだそうだ。ただし、屋台売りだと茹でたそばを都度洗うことができなかったため、そば湯ごと器に盛る「釜揚げ」の方法がとられ、つゆと薬味をかけて味を調節しながら食べるようになったのだ。

割子そば

一方「割子そば」は水切りした冷たいそばのこと。

江戸時代、松江城下で「連」と呼ばれる身分を超えた趣味人の集まりがあり、弁当として野外にそばを持っていくために、「割子」と呼ばれるお重に入れ、直接つゆや薬味をかけて食べたことが始まりだという。

地域ごとの独自の食べ方はいまもなお受け継がれ、出雲そばの文化を築いてきた。

しかし、時代の流れと共に、出雲そばは外国産や他の地域のソバでつくられるように。こうした状況のなか、松江市では地元そば店より「松江産の出雲そばをつくりたい」という声があがり、松江市、松江商工会議所、生産者、島根県農業協同組合くにびき地区本部(旧:くにびき農業協同組合)、松江市内のそば店などが協力し、休耕田を活用した松江産ソバ「玄丹そば」栽培を始めた。

我々は新そばが出回るこの時期、松江市のソバの生産者の元を訪ねた。

休耕田を活用したそば栽培

ソバ畑

松江市を車で走っていると、収穫の終盤に差し掛かったソバ畑がいくつも広がっている。

生産者の山根明利さんは、今にも雨が降り出しそうな曇り空を見上げながらソバ畑を案内してくれた。

「ソバは雨に弱いんだ。雨に降られると根腐れしていっぺんにだめになってしまうんだよ、今年は台風がきて大変だったけど。天候ばかりはしょうがないね」。

山根さんはソバ生産者で組織された「松江玄丹そば部会」の部会長だ。

山根さん

松江市では減反政策の影響で使われなくなった休耕田を活用し、ソバの栽培をおこなっている。“水田を荒廃から救ってくれるように”という願いを込めて、幕末に松江藩を救った女傑「玄丹かよ」の名と「減反」をかけて、松江産ソバを「玄丹そば」と名付けた。

「ソバ栽培に本格的に取り組み始めたのは1997年から。ソバは乾いた土地を好むので、水田だった場所で作付けするのは難しく、最初はなかなか苦労したよ。
9月中旬にソバの白い花が一面に咲くのを見ると、今年もここまで育てることができたとほっとします。一番やりがいを感じる瞬間だね」と山根さん。

地域での連携プレーが「玄丹そば」の質を高める

ソバの収穫

生産者の努力や市、農協のサポートもあって、「玄丹そば」の栽培面積は年々増え、10年前と比べて2倍ほどの広さに拡大。今では松江市の特産物の一つにまで成長した。

また市内事業者や商工会議所も協力し合い、生産量の安定や品質の向上に努めている。

ソバの収穫は10月上旬から11月上旬にかけておこなわれるが、生産者の高齢化が進み、刈り取りに手間とコストがかかるため市内の事業者が一手に担っているという。

ソバの刈り取り、乾燥調製を行う藤井雅弘さんは、生産者が丹精こめて育てたソバを丁寧に刈り取っていく。

藤井さん

「土地のかたちや土質にも癖があるから、刈り取りには神経をつかいます。畑のはじが鋭角だったり、びっくりするような畑もありますよ」と藤井さんは笑う。

そうして刈り取ったソバの実は、乾燥させ不純物が取り除かれたあと、検査をおこない、品種や等級ごとに温度と湿度が管理された倉庫で保管され、出荷されていく。

そば店によって品種や等級へのこだわりも異なり、そばを求めるその目利きは厳しいという。

「松江市では主に、地元に根付いた在来種と長野県で生まれた信濃1号という品種の作付けをしています。松江の在来種は小ぶりですが香りが強く、地元のそば屋さんでも好んで在来種だけを使う方もいらっしゃいますよ」と藤井さんは教えてくれた。

新そばの時期だけに味わえる四つの“たて”

恩田さん

そばのうまさの秘訣は、粉の「ひきたて」、麺の「打ちたて」、麺の「茹でたて」の三つの“たて”にあるといわれている。新そばの時期は、さらに「獲れたて」も加わり、新鮮なそばの香りを存分に楽しめる絶好のチャンスだ。

松江市にあるそば店「橘屋」の店主、恩田良弘さんは、15歳からそば打ちの修行をはじめたというこの道一筋の職人。自ら製粉もおこなう。

「地元産のソバはやっぱり香りがいいよね。ソバは実自体にはほとんど香りがなくて、皮に香りがあるんだ。私のところでは甘皮を細かく砕いたものを独自にブレンドし、『玄丹そば』ならではの野趣味が楽しめるようにしてるんだよ」。

釜揚げ

獲れたての新そばは、打つときにもその違いがわかるという。

「もともと出雲そばは、ソバの実を黒皮ごと製粉するため色が黒っぽいんだが、新そばはさらに青みがかかるんだ。手触りもしっとりしていて、普段より少ない水の量でまとまるね」。

恩田さんはそう話しながら、手際よくそばを捏ね、するすると生地を伸ばしていく。熟練の技であっというまに仕立て上げられたそばを早速茹でていただいた。

まずは「釜揚げ」から。ソバ粉が溶け込んだねっとりとしたそば湯とともにすすると、口の中で香りがふわっと広がる。甘いつゆと薬味もちょうどいいアクセントだ。

玄丹そば

続いて「割子そば」。茹でたそばを水でしめることで、弾力のある歯ごたえになり、噛むたびに強いそばの香りが鼻に広がる。一般的な冷そばよりもコシがあり、すするというよりも嚙みしめる感じだ。

「玄丹そばならではの香りを楽しむなら割子がおすすめ。獲れたて、挽きたて、打ちたて、茹でたての、四つが“たて”が揃った味は格別だよ」と恩田さん。

玄丹そばを使った新そばは、毎年地元の人も楽しみにしているのだという。

古くから受け継がれる出雲そばの文化は、今もなお地域の人々の手によって洗練されている。出雲大社に参拝する折には、神さまが見守ってきた出雲そばの文化に舌鼓みをうってみてはどうだろうか。

Writer : YUKI MOTOMURA
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Photographer : SATOSHI TACHIBANA

橘屋

橘屋
所在地 島根県松江市東本町2-64 *松江駅より徒歩約16分
TEL 0852-25-0496
営業時間 11:00-14:00、18:00-25:00

※こちらの情報は取材時のものです。最新の情報は各店舗にお問い合わせください。

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